IP電話と前歯  

  IP電話、って知ってますか?つまり、電話ではなくて、インターネットの回線を使って、電話をするサービスです。

 インターネットは定額使い放題。だから、その回線で電話をすると電話使用料は特別かからないんだそうです。
うらかわ歯科医院は、このたびIP電話にかえてもらいました。おまけに、事業所用のスペシャルな電話器も入れていただき、ボタンがいっぱいついて、たくさんの機能がつくようになりました。

 さて、電話の工事に来られた男性二人のうち、一人がしゃべるのをまじまじと見ていたさち先生は、彼の説明も右から左に抜けていってしまいます。なぜって、彼は前歯が3本虫歯でぼろぼろになっているのです。歳はまだ20代の様子。気の良いしゃべりかたの彼は、笑顔がさわやか、と言ってあげたいけれど、なんせ、マンホールのふたが道路にあいているみたいな、危なっかしい口元。デインジャラスな気持ちになってしまって、どうも落ち着きません。

 ぱくぱく動く口の、そのマンホールをじっと見つめて、さち先生の職業病がふつふつと頭をもたげてしまいます。彼と話すうちに、けっこううち解けて、思わず、そしてやっぱり、おせっかいもののさち先生は言ってしまいました。

「どうしたと?前歯?ぼろぼろやん!」

 彼は、はっと我に返り、口を押さえます。
「時間がないんっスよー。」
「工事ぎっちりつまってるんやね。」
「はい、そうなんです。今年こそは治そうと思っているんですけど・・・」

さち先生はかわいそうになってきます。うちの工事1軒でも、かなり時間がかかっているし、今日だって、お昼ご飯も食べずに予定をこなしているようだった。
「まだ、若いんだから、はよ、治したほうがいいよ。でも、その前歯、どうも抜かないといけないと思うよ。だって、根までぼろぼろだもん。見るからに。」
「え~。やっぱそうですかあ。」
「うん。申し訳ないけど、虫歯もそこまで行くと無理だべ。」
彼はがっくりしています。

「ま、しかたない。土曜日の休みの日にでもおいで。予約入れとく?」

かくして、彼は、うらかわ歯科医院の工事に来られて、翌週から、患者として通うことになりました。

そういえば、さち先生昔のことを思い出します。
診療所の隣にガソリンスタンドがあった頃がありました。ほんとに隣です。そこのスタッフの子が時々うらかわ歯科にやってきてました。
でも、いつも、いよいよ痛くなった時だけ駆け込んできます。でも、またしばらくしたら、皆、中断していきます。不真面目な子というわけでもないのだけど、診療のために仕事を抜けてくることもできないほど、スケジュールが過密だったようです。もちろん、どの子の口の中もとっても悪かったです。

 なんか、隣なんだから、ちょっと抜けて出て来れそうなものですが、だめだったみたいでした。

 そうこうしているうちに、そのガソリンスタンドは撤退してしまいました。スタッフが、歯の治療にさえ通えないくらい働いていたのにね。なんだか胸がつまりました。
インターネットの彼は、がんばってハンサム君にしてあげよう。まだ独身みたいだし。がんばって通うんだよ!


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# by urakawasika | 2012-01-28 00:34 | うらかわ歯科エピソード | Trackback | Comments(1)

2012年、日本の近代史になっていくこの1年  

  2012年がやってきました。2000年問題がどうのこうの言ってた世紀の節目は、先日のようですが、月日はまるで、アウトバーンを走る車のようです。
 私のお正月は、実家で池上彰さんの、日本の近代史授業をずーっと見てました。

 池上彰さんは、ジャーナリストですが、近代史の解説をさせたら天下逸品。どんな授業よりもおもしろくなります。大学授業の中継が、テレビで連続何十時間もあっておりました。

 思い起こせば、ベルリンの壁の崩壊。さち先生は、確かあれを、山口大学の口腔外科で聞きました。衝撃的だったです。今考えれば、鉄のカーテンと言われた時代が、ずっと続いて行くんだと思っていました。アメリカとソ連がしきる2大勢力が、世界を覆っていた時代が、あんな形で崩れていくんだとは誰も考えられなかったでしょう。職場の先輩が、ドイツを訪れて、壁の一部、小さな石ころを買ってきたのを覚えています。
 子供のころ、中国の指導者”毛沢東”も、新聞やテレビでよく目にしていました。中国の記憶は、人々はみんなカーキ色の人民服でした。
 そして学生だった頃、新聞では、毎日のように、カンボジアのポルポト政権下で繰り広げられていた虐殺の記事が、シリーズ化されていました。

 池上さんが語る近代史に、自分の歴史を重ねて、固唾をのんで見ていました。私は、出てくる史実の多くを、生でテレビで見て、その時は、びっくりしたり、意味がわからなかったりしながら、ごく普通に、たんたんと日々を暮らしていました。
 私が、たんたんと、毎日寝て起きて、食べて、人生を進めて言ってる間に、世界ではこんなことがおこって、まさに今、あのころとはまったく違う世界になってたことを実感しました。

 社会の変化、進歩に私の人生もまきこまれながら変化してきたのですが、毎日食べて、寝て、家族や友人に囲まれていました。

 これって、すごくありがたいことなんだなー、とじんわり思いました。

 ポルポト政権下で虐待された方もいたし、中国共産党のもとで、苦渋の人生を送った方もいたわけなんですからね。いえ、今も、同様の人たちが世界にはいっぱいです。

 今この時もまた、世界は動き、神の時間は進んでいます。その中で、平凡な一日一日をおくれている人がいたら、やっぱり、心から感謝しましょう。

 今年は、あとから振り返ったら、どういう意味がある年になるのでしょう。モザイク画のように、小さなパーツにすぎないこの1年から、全体を見ることはできませんが、平凡な一日が地球の多くの人たちにおとずれることを祈ります。

# by urakawasika | 2012-01-14 12:27 | 社会 | Trackback | Comments(0)

あらら・・1年が終わっちゃう~  

 あらら。・・一年がもう終わろうとしています。
いつものことながらなんて早いのでしょうね。さち先生は、もうアラフォーと言うのやめようかな~・・・うん。来年からアラフォーはやめることにします。
 で、自称アラフォー最後の忘年会になりました。

 他医院合同忘年会です。今年は、なんと、新しい試みとして、うらかわ歯科、にわか聖歌隊による「きよしこの夜」を合唱することになりました。さち先生の声かけで、集まったスタッフによる、ぶっつけ本番にほぼ近い聖歌隊でがんばって歌いました。

 練習時間もほとんどとれず、自宅練習と、シフトのあうスタッフだけ、細々練習することほんの少し。パートも下が歌えるスタッフは約1名というおそまつさ・・・
 でも、がんばりました。
 ほんと、並び方もでたらめ。ハモらずばらばら・・・・

 ま、撃沈、といったところでしたが、やることに意義があるのです。今年は、まず、始めたことに拍手。来年は、この教訓をいかし、1か月前には練習を開始して、「アメイジンググレイス」あたりをトライすることにしましょう。

 やるのをいやがっていたスタッフも、やってみると、けっこう楽しかったようです。ほんと、まずは、何でも踏み出すことが大切。踏み出してみたらなんとかやれちゃうものです。

 ま、ばらばらの聖歌隊でしたが、こういう教訓をかみしめたさち先生です。

 子連れスタッフも多くなり、いっしょに参加した子供たちは、いつか、子供の時の思い出に、ママの職場の忘年会で遊んだ記憶が残っていることを願っています。

 一年間。うらかわ歯科にいらしてくださった患者さんの皆様。業者さん、そしてスタッフ。スタッフの家族。幸多からんことを祈ります。

 今年は東北に大震災がおこって、日本の行く末も不安だらけです。身近な家族を失い、身を切るような思いですごしていらっしゃる方もたくさんおられると思います。
どうぞどうぞ。神様の恵みが限りなくありますように。



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# by urakawasika | 2011-12-16 17:15 | うらかわ歯科エピソード | Trackback | Comments(5)

由岐さおりさんがブレークしてます  

 由岐さおりさんが大ブレークしているそうです。由岐さおりさんと言えば、さち先生の世代より、もっと上です。私が子供の頃、歌っていらっしゃいましたが、ユニークなキャラで、バラドル(バラエティーアイドル)的なタレントさんでした。

 8時だよ全員集合にもよく出てました。堺正明さんとともに、レギュラーしていたお笑い番組もあった気がします。
やがて、彼女もそろそろ中年になりました。そのころから、由岐さおりさんは、お姉さんといっしょにデュオを組んで、日本中を歌ってまわるようになっていらして、私はそれを見て、あ、この人って、本来歌手だったんだよね。と気づきました。

 静かにたんたんと活動していらっしゃいました。

彼女の芸能生活は、この延長にあるものの、やがて静かにフェイドアウトしていくんだろうな。年齢という電車に乗って・・と誰もが思っていました。

 しかし!、人生ってわかんないものですね。今年、由岐さおりさんの歌う歌は、なんと、大人気のJ-popの騎手さえ成し遂げなかった記録を作ってしまいました。アメリカのヒットチャートで1位になって、カナダやその他の国でも、ばんばん1位を取ってしまったようです。

 しかも、歌は日本語。なんと、彼女のもち歌のほかに、あのなつかしい、いしだあゆみさんの、「ブルーライト横浜」なんていう曲もブレイクしている中に入っているそうです。
 
 なんかのテレビインタビューで、由岐さんが、
「私が一番びっくりしてます。なんででしょうね。」みたいないことを言っておられたのを聞いて、さもありなん、と思います。
その現象に一番驚いているのは、当の本人だと思います。こんなこと、誰も想像できなかったはずです。でも、これぞ、人生の妙ですね!

 由岐さんみたいな方は他にもいます。ピアニストの富士子ヘミングさんなんかもそうではないでしょうか。ピアニストとしてブレークしたのは、確か70代を目前に控えた頃です。それまでは、細々と芸術活動を続ける一ピアニストにすぎませんでしたよね。

 さち先生は、なんだか由岐さおりさんのブレークに、人生の面白さを感じてしまいます。たぶん、由岐さんも、富士子さんも、それを狙って頑張っていたわけではないんだと思います。

 目の前にある楽しいことを、色んなことがありながらも、ずっと継続してこられたのでしょうね。そして、いつも、もっと良く歌えないか、もっと良く弾けないか、って考えながら、あれこれ手をかえ品をかえ、反復してきたんだと思います。

 彼女たちの人生のたて糸に、歌やピアノを横糸に、延々と織りなしてきた。ということなのでしょう。

 そしたら、時代が、彼女たちに目を留めて、寄り添ってきたんですね。
言ってみれば、どんな時代もかわることなく、少しずつ少しずつ織りなしてきた布が、時代の先端をいくことになったわけなのです。
なんだか愉快です。そう思います。

 時代はかわり、最近は、まったく殺伐とした日本の社会になってきてます。アメリカ流の弱肉強食の世界が当然のように一人歩きして、日本の美徳なんて言ってたものが、かびた骨董品みたいに思われてきました。手間がかかって、すぐに評価に結び付かないようなものは捨てられ、手っ取り早く成果をあげることが求められるようにもなりました。それにつれて、人の思いや、心は、どんどん後ろにおいていかれているようです。

 でも、大丈夫です。きっと。昔から変わらない本物だけが、やがて、時代の先端になります。
だから、自分らしく、好きなことに一生けんめい取り組んでいきましょう。目先の成果や見返りに気を留めることなく。

 軸ぶれせず、良い時も、悪い時も、たんたんと信じたことをやって、そして、長生きしましょう。健康に気をつけて。病は気から。あせらず、悲観せず。

みなさん。がんばっていきましょう。


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# by urakawasika | 2011-12-09 20:36 | 芸能ねた | Trackback | Comments(2)

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