小林繁さんの死  ~二つのショック!~   

 小林繁さんが帰らぬ人となった、というニュースは私たち以上の世代ではちょっとしたショックです。
 昼休み、前置きなしで、”空白の一日”、”江川と小林の交換トレード” とつかんでみたものの、「はあ、知らないか~。」うちの若手ドクターの長嶋先生も、安藤先生も、???・・・でした。やれやれ。

 若い方のために、簡単に(本当に簡単に)書き連ねておくと、これは、あのよくテレビにお出になられている、もと巨人の江川卓さんが、ドラフトにかかる若かりし日におこったスキャンダルでした。(1978年 私がまだ中学か高校くらいの時です)、何が何でも、巨人に入りたかった江川は、ドラフトという正式な手段を使わず、ちょっとした野球協定の抜け穴を使って、巨人と入団契約して、大バッシングを受けたのです。それでしかたなく巨人は、江川を正式ルールで一度阪神に入団させ、目にも留まらない速わざで、自チームのスター投手小林繁と交換トレードという形をとって、最終的に巨人に入団させました。(違います?)
 ま、つまり、江川が巨人に入りたい入りたいとゴネたので、小林を人身御供(ひとみごくう)にして無理やり入れちゃった、という事件です。(すいません,かなりバイアスかかってます?)「空白の一日」とは、野球協定の文面に存在していた、抜け穴のような規定の外れる一日をさしました。

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 往年の小林選手は、マスクもナイーブでけっこう美形。何も文句も言わず、阪神が望んでくれるのなら行きましょう、と確か潔く阪神にうつられたと思います。その後ろ姿がなんともいえず切なく美しかったのを、思春期の私は覚えています。(男は背中だよね~、とその頃の私が言ったかどうかは覚えてませんが)

 江川選手は、ゴネることを「エガワル」とか、「江川のゴネ得」、とかしばらく言われながらも、けっこうふてぶてしく結果を残し、あっさりミスタージャイアンツとして君臨し、引退後も、タレント活動華々しく、やれやれ、こういう人が世間では、上に上っていくんだな~・・・と社会を知りかけた私に社会の縮図をみせていただいた心地がしました。

 その反対に、小林繁は、語らぬ男を貫き通し、江川と対戦するとやけに強いイメージだけが、どことなく男らしくもあり、痛々しくもあり・・・・もちろん、引退後も、こうやって訃報をテレビで目にすると、その姿が江川ほどに露出してなかった証拠に、いきなりふけちゃったように感じられます。彼らしく一本気な地道な活動をされておられたようです。

 あの頃、私の母は、きわめて判官びいき。「こういう男が一番スカン!」と江川のことをののしっておりました。そうでしょう。そうでしょう。うちの父はあまり出世とは縁がなかったですから・・・
 私は娘心に、そうさな~。結婚相手に選ぶんなら、やっぱ小林だよね~、と思ったりしました。きっと江川の方が出世するんだろうけど、どうしても、こういう小林みたいな人を選んで、ささえてあげたい!とか思うんだろうな~。とか、ませたことを考えていました。(ま、現実の夫選びもしかりでございましたね。)

 そして、社会に出るとやっぱり、出世をしていく人は、江川タイプで、抜け目なく目的には多少の手段も選ばず、饒舌に理屈もこねられる人であることも学びました。小林はきっと資産も江川ほどに築いてないだろうし、テレビの露出も、江川よりずっと少ないでしょう。でもこういう人は、豊かな人生を送っていくにちがいない、と多くの人は思いたいのです。そして、長生きをして、人間の人生とはこういうのが味があるんだよな~、と結びたいのです。
 それなのに、平均寿命より格段に短い人生を終える、というのは、心の中で解せない!ときっと多くの人が思っているのでしょう。それが、私の「ショック」という衝撃にも結びつくのだと思います。

 彼が早死にしたのと、若いドクターが「エガワル」も、「空白の一日」もぜ~んぜ~ん知らなかったのと、二つのショックにさいなまれている幸先生でございました。

番外記 :  でも今頃になると、ミシシッピアカミミガメみたいな、たくましい外来種みたいで、江川は江川で、すごいんじゃないかな~、と思えます。鈍感力が必要な日本の今には、けっこう必要とされるタイプかもしれません。今あの事件がおこったら、また評価が違うのかも・・・という気もしているから不思議です。これもまた、年の功かもしれません。

小林繁の写真
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ブランチアンドリーフ


 

 

 

 

by urakawasika | 2010-01-21 00:30 | 社会 | Comments(0)

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