カテゴリ:季節( 5 )   

61歳で、20以上若く見える宝田恭子先生のビューティーレッスン行ってきました   

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上は女性誌の今月号の特集記事
下:宝田先生は、もちろん真ん中です。私の方がかなり年下なのですが~~。 左も、美魔女のヒロエ先生です。昨日は、多少は勝負服だったんだけどね・・汗
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宝田恭子先生といえば、NHKの”あさイチ"で、美容整形なし、若返り舌体操だけで、モニターさんのほうれい線を1ミリも減らした、究極のアンチエイジング歯科医です。
さち先生、行ってまいりました! 宝田先生のビューティー講座。

宝田先生は、なんと61歳!見てびっくり、まあ、30代でも通りそう。顔だけならまだしも、首までまったくたるみもしわもありません。彼女は、日々診療も現役。中身は、気さくで人情家。素敵な方です。
しかし、その努力たるやすごい。朝起きたらラジオ体操をかかさず、アンチエイジング体操をたくさん編み出し、ご自身も、おこたることなく、実践されています。今や、女性誌のアンチエイジング記事では引っ張りだこの人気者です。みなさん、一度はどこかで目にしたに違いありません。

 実は、5年ぶりに先生にお会いするさち先生です。しかし、前回習った数々のアンチエイジング体操も、最初はがんばったけど、やがて忘れ去り・・・先生のエッセンスのいくつかは、今も私流に消化して、肥やしになり、いろいろなシーンで、活用しているとは思うけど。 なんか、まるで初めて講義を受けたような新鮮さです。やれやれ。

 まわりを見渡すと、受講生の多くは、”美魔女”風女医が目立ちます。・・・そんなことだろうと、私も気張って、勝負日用ワンピースを着て、慣れぬヒールをはいて参加した一日目でした。しかし、二日目は、すっかり疲れて、いつものかっこう。(写真)

 宝田先生の講義をしっかり実践されておられる美魔女風女医に混じって、
「う~ん。時間がない生活ですから、そうですね~。美容に回す時間は極力さきたいタイプなんですう。(汗)・・・着こなしのポイントですか?
診療ズボンからシャツが飛び出していないとか~。ボタン掛け違ってないとか・・・」
てなことを、懇親会で発言して、爆笑をかってしまいました。

しかし、宝田メソッド実習で、鏡の中の自分の顔が、いっきに生き生きして、笑顔もちょっと若々しくなって行くのを見ると、いやいや、宝田メソッドの生き証人宝田恭子その人を見ると、やっぱり、また、私もがんばろう・・・という気持ちがわいてきます。

「ヒアルロン酸注射は、やってる人のその部分が、どんどん固くなってるのを見たことがあります。やってるとこだけパンと張って不自然でした。やはり、私は、健康的に、バランス良く筋肉と骨と血管力で、若々しく輝く女性になりたいです。」

と、先生が言われたのに、私も深くうなずきました。今日から私も、ずぼらはやめ、日々、エクスサイズにトライするぞ~・・・皆さんに伝授するぞ~。


 私が忘れないうちに、どうぞ、みなさんお聞きくださいね。忘れない限り、なんぼでも教えますがな。

猫背さようなら~。消えるほうれい線、スッピン美魔女医! ファイト!(今度はいつまで続くことやら・・・)




by urakawasika | 2017-04-10 00:11 | 季節 | Comments(0)

2015年、昭和も遠くなりにけり   

 新しい年になりました。平成が27年目になるなんて、あ~なんと、月日の経つのが早いことよ!
私は、昭和の最後の年を、大学病院の口腔外科で迎えました。昭和天皇が危篤状態を迎えられて、その頃どのテレビも、昭和天皇の御病態を伝える番組一色になってました。そして、天皇が崩御されると、20代のうら若き私も、かなりのショックを受けたのを覚えてます。昭和は終わった!

 それから、医局時代にベルリンの壁崩壊も経験しました。医局の同僚が、同時期にヨーロッパに行って、ベルリンの壁の一部を手に入れて戻ってきたこともありました。
 自分は、激動の時代にいるのかな~・・・でも、きっと、良い時代になっていくのだろう、なんて思ったかもしれません。エポックメイキングなできごとだったのに、けっこう、その時の感想なんて、あんまり覚えていません。
 
 もしかしたら、社会のことよりも、自分の仕事のこととか、これからの進路のこととか、そういうことで、頭がいっぱいだったのかもしれません。若いというのは、良きにつけ、、悪しきにつけ、そういうものかもしれないですね。

 さて、それから、27年です。お~・・・世界は、冷戦が終わったけれど、ちっとも平和になんかなっていませんでした。。アメリカの一国覇権主義が台頭して、ずいぶん、こっそりと日本もひどいめにあいました。
  そして、今年念頭のニュースを見れば、それに対抗するように、テロリズムが頭をもたげて、冷戦の時代より、さらなる核のの驚異にもさらされています。

 やれやれ、人間の力では、この世は、理想郷にはならないようですね。

暮らしに目をやれば、バブルがはじけた、とさわいでいた頃より、もっともっと大変な状態になっていて、今年は、どんな年になっていくのだろう・・と不安になっていきます。

でも、昔と比較して、すぐに、悲観的になったりするのは、かなり長いこと、私が生きてきたからであって、若い人たちは、生まれた時から、こんな感じだから、たくましいものです。

 「昔は、銀行金利だって、もっとあって、10万円貯金してたら、何年かで、すぐ何万円か増えてたよ。今は、それだけ、日本人の資産はかすめとられてるんじゃないの?」
なんて、私がぼやいても、若いスタッフは、
「へ~、そうなんですかあ?」
と、年寄りの思い出話と、にこにこ聞いてます。

 そうだよね~。知らないんだもん。しかたないよね。楽しそうににこにこしているスタッフに、なんだか力強いものを感じます。
 そう、若者の生きる力こそ、どの時代も、国の宝かもしれませんね。・・・なんか、ほっとするさち先生でした。今年も、とにかく、真剣に生き抜こう、と、決心する次第であります。


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by urakawasika | 2015-01-15 15:23 | 季節 | Comments(0)

クリスマス、1年間ありがとう   

 クリスマスシーズンになると、毎年のように、あまりに早く過ぎ去った1年を思います。
 ちまたでは、クリスマス商戦まっさかり。近くの大型スーパーは、日曜ともなると、人でごったがえしています。
 クリスマスはプレゼントがつきもの・・・なぜクリスマスにプレゼントを贈るのでしょう。これは聖書にもとづいています。聖書は、この世界を造られた神が、人類への最高のプレゼントとして、世に、キリストを誕生させたということを語っています。知ってると思いますが、クリスマスは、イエスキリストの誕生日です。聖書を信じる人たちは、この神の愛に感謝し、自らも、隣人に贈り物をしました。
 でも、もはや、ちまたのクリスマスは、オリジナルな出来事を知らずして、プレゼントだけ、サンタさんとともに定着してしまいましたね。

 さて、ちなみに、我が家は、昔から、サンタさんは来ません。ささやかにも、クリスチャンホームの我が家は、イエスキリストの生誕をお祝いしますが、サンタさん神話はなくて、ついでに言うと、プレゼントも、あったりなかったりです。
 なんたって、我が家の子に限らず、日本の子ども達は、普段から、色んなところで、物にあふれた生活をしてます。我が家の子ども達も、この恩恵のもと、文房具だって、必要を十分に満たすだけ持っているし、洋服だって、高級品はなくても、何枚も持ってます。何しろ、日本は、安くて良い品にあふれ、親切な友人達は、きれいなお下がりを惜しげもなく下さいます。子どもは、ほしい、と訴える前から、すでに与えられます。親が与えなくても、色んなところで与えていただける環境です。食べ物だって、あふれるほどあるのが当たり前。家になくたって、スーパーに行けば、何でも買えます。

 だから、その上、さらに、クリスマスに何がいるというの??
と、私は思ってしまうのです。我が家は、おもちゃをあまり買い与えないようにしてますが、たまたま、ずっとリクエストされているものが、とりあえず、クリスマスシーズンにかかっていれば、まあ、クリスマスプレゼントという名目がつきますが、そういうものが、この時期なければ、とくに、プレゼントはありません。

 この日は、世の中の、恵まれない大変なところにいる、どこかの隣人のために、何かをしてあげる日、となります。ちょっとした寄付をしたりすることもあるし、特に何かをしなくても日頃、無関心で過ごしてしまった虐げられた人たちに想いをはせて、祈りましょう。

 この時期になると、自分の過ごした一年が神に守られ、色んなことはあったけど、多くの人のおかげで、平安に過ごせたことを感謝します。
 一昔前の日本人は、戦争をしていた時代に生きていた人たちもいるし、食べるものがろくにない暮らしをしいられた先人達も普通にいます。とりあえず、食事が十分にあって、普通に夜が来て、また、朝になり、あたりまえの日常生活が安心して送れていることは、なんという恵みでしょう。

 年明けは、うらかわ歯科医院のレントゲンは、CTが撮れる最新のものにかわります。世界のCTのうち、半分以上が日本にあるのをご存じですか?当たり前と思っている、日本の環境は、世界の常識ではありません。
 我が身を振り返れば、あたりまえ・・・と思って、感謝を忘れていることは、なんと多くあるでしょうか。感謝を忘れると、人は、どんどん変な方向へ突っ走っていきます。クリスマスは、すべての恵みに感謝して、誰かに何かをする日にしたいです。とりあえずは、日頃感謝を伝えそびれている、もっとも身近な人に、「ありがとう」。


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by urakawasika | 2014-12-12 10:55 | 季節 | Comments(0)

母の日の由来を知りました・・・   

 昨日は母の日でした。
 私の二人の子どもは、何にもしてくれなかったな~・・・・まあ、親のありがたさなんて、社会に出てみないとわからないものなんでしょう。まだまだ、しばらくは、してもらうことなどあてにせず、我が母と、姑に感謝の意を表しました。

 さて、この年になって初めて、母の日の由来を知りました。

 アメリカのマサチューセッツ州ののウェブスターという町の教会に、26年もの間、日曜学校の先生をしていたクララ・ジャービスという人がおりました。
 ある日曜日、この先生は、聖書に書かれている十戒(十の戒めです)の中にある、
「あなたの父と母を敬え」という戒めについて話しをしました。そして、
「皆さんのうちで、お母さんの大きな愛に、心からの感謝を表す方法を考えてみてください。」
と話したのでした。
 その話を、娘のアンナは感動しながら聞いていました。
 
 さて、その後、この先生が亡くなった時のことです。その追悼会に、アンナは一箱のカーネーションを持ってきて飾りました。それは、列席した人々に深い感銘を与え、人々は今後毎年、このような会を開こうと話し合いました。

 これを知った有名なデパートの持ち主で、クリスチャンであったジョン・ワメーカーは、デパートの店頭で5月の第2日曜日に盛大な「母の日」の記念会を催したのです。それは、1908年(明治41年)のことでしたが、アメリカ各地の新聞に報道され、各地に広がりました。日本でも、大正12年に最初の「母の日」がもたれ、今では年中行事の一つになっています。  (グッドニュースより)

 
 なんと、大正12年から、この風習は、日本に入ってきたなんてちょっとびっくりしました。
だって、大正時代といえば、まだまだ女の人の権利は低く、母の地位もすこぶる下位だったと想像できるからです。
男の人が、かなり威張っていた時代、母の日を制定するなんて粋なことが、日本の政府にできたんですね。それとも、その頃は、まだ民間で行われてたのでしょうか。どちらにしても、公には、社会的地位が低い「母」とはいえど、個々の人間にとっては、偉大な生き物であることは、今も昔も変わりないのでしょう。

 いや、昔に比べると、色んな権利をふりかざして生きてる現代人に比べたら、想像もできないほど、その頃の母というものは、忍耐することも多かったと思います。母の日の重さも、今よりも格別なものがあったのかもしれません。

 改めて、お母さんいつもありがとうございます。長生きしてください。

by urakawasika | 2014-05-12 19:45 | 季節 | Comments(0)

忘年会の頃になると・・・時をめぐる不思議   

 
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今年も忘年会、楽しくみんなでもりあがりました。皆様今年一年お世話になりました。

が、しかし・・・・12月も20日になった、なんて、はっきり言ってどうかしてる。
どうしてこうも、時間が経つのが早いのかしら。詐欺にあってるような気分です。
私は毎年いつの頃からか、この時期、同じようなことを口走っています。

 40歳を超えてから、あからさまに月日が猛スピードで過ぎていくようです。
 これは、地球の自転になんらかの異常が出現したのではないかと疑うくらいです。時計の秒針まで、狂ってしまったようで、ニュースでとりあげないのが不思議です。(冗談です)
 
 ”時”という概念は人にしか存在しないそうです。加えて、時の定義は、未だに確信をついたものがないそうです。科学の世界において、時という概念を、的確に言い表す表現がないというのです。
 これは、あの科学雑誌ニュートンに、そう書いてあって、私はびっくりしてしまいました。

 ”心” というものに似ているような気がします。わかっているようで、わからない。

 わからないことの多い”時”ならば、私の時が、子供たちのそれと性質を異にしていてもおかしくはないかもしれませんよね。
 人は、年齢とともに、多くのスキルを得たり、世界がちょっと広がったりしているかもしれないけれど、その分、時間を人質にとられて消耗しているのかもしれない。

 しかし、あの人類のベストセラー聖書には、”神は人に永遠への思いを与えられた” とあります。人の命は有限なのに、永遠への思いを与えられた、ということはとても不思議ですね。

 今年私は父を亡くし、有限な命しか、人には与えられてないのだな~とはっきりとさとりました。
もしかしたら、若い頃、どこかで、自分の命は永遠だと漠然と思っていたかもしれません。永遠とは神の領域です。そう思っていたころは、なんとおごっていたことでしょう。
 有限な命を認識することで、どこか謙虚になりますね。それから、今をどう生きるべきか、生がわかってくるような気もします。

 私にとって、年々短くなる1年は、それぞれ一人一人にも、異なった意味を持つにちがいありません。先を行く先輩を見て、あとに続く後輩を見ながら、暮れていく一年の終末です。
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by urakawasika | 2010-12-21 00:44 | 季節 | Comments(2)