「PPAP」のお正月   

  新年になりました。今年も素晴らしい年でありますように。皆さん、去年はお世話になりました。

さて、年末年始の休みで、実家に帰り、家族が見るテレビも少しはつきあって見ておりました。昨年のニュースのダイジェストを伝えていました。

 アメリカの大統領がトランプ氏になったことは、やっぱりトップ記事ですね。私は、トランプさんの映像を見ながら、時代は、冷戦時代と言われていた頃から、大きく駒をすすめて、もはや、ぜんぜん違うステージに様変わりしたんだな~、と感じました。

 そして、産業構造の大変革。そういう転機もむかえておりますね。今や、トップの企業というのは、物を作る企業ではなくて、いち早く新しいしくみを作って、ITの世界で、そのしくみの付加価値を売る企業になっています。生産する現場から、おいしい所を巻き上げていくような企業、なんて言うと叱られるかな~。日本の終身雇用も、年功序列も、良い悪いは別としてて、完全に崩壊し、勝ち組は、多くの富を独り占めして、負け組は、かぎりなく落ちていく。シンボルマークは、ハゲタカかなんかにしたくなるような殺伐とした世界になったもんだ。なんて感じてしまいました。

 それは、単に私が年を取りすぎたから感じることなのか・・・このおばちゃまは、日本の将来に明るい夢がえがけません。

 まあ、そんな中にあって、すごく、ホットだったのは、ピコ太郎ですよ~。数ヶ月で動画再生回数世界一を誇った「PPAP」は、楽しいし、ばかげてるし、でも、ぶふっ、と笑えて、頭の中にめぐります。誰も傷つけず、特にメッセージ性もない。小学校時代に、男の子がおちゃらけて、たわいもないことをして女の子を笑わせるような、不思議な子供っぽさがありますよ。だいたい、appleの前は、aじゃなくて、an と習ったぞ~。

 いきなり、スターダムにのしあがったピコ太郎が、徹子の部屋やあさイチに出て、たんたんとトークした内容が、またいい。奇をてらったところがなくて、メディアにこびる感じが無くて、私の中で、「PPAP」の評価がまた一段感アップといった感じです。たぶん、彼が、ある程度の年齢に達して、自分なりの立ち位置をもって、たまたまスターになったので、そこから来る貫禄といったものだろうと、私は読みました。

 彼が、世界中で「PPAP」をやって、世界平和に貢献したい、みたいなことを言っていましたが、なるほどな~と思いました。
こういう、ある意味、人間の体の中にもともともってる理由無き笑い、みたいなものが、世界平和の鍵なのかもしれないな~。

 それにしても、インターネットを操作して、人類を破滅においこむこともできるかもしれないし、逆に、それに対抗する力も、持ちうるのかもしれませんね。

 悲観することばかりじゃないのかもしれませんね。そして、ピコ太郎さんとまではいかなくても、どこで、どう、花開くかわからないから、やっぱり、毎日、真摯な気持ちで、与えられたところで咲けるように、できる努力は常に継続していきたいものだ、と思ったお正月でした。

え、「PPAP」知らない?ではどうぞ。




# by urakawasika | 2017-01-07 10:37 | 社会 | Comments(0)

最近の身の上相談   

 新聞の身の上相談を見るのが趣味、という母が言うには、身の上相談は、本当に世相を反映しているんだそうです。
最近ならではの相談は、こんなのがあったそうです。

 「新婚の夫。色々話をしたい妻ですが、夫は、二人で旅行に行っても、横でゲームをしているだけで、話をしてくれません。どうしたらいいでしょう。」

 確かに、無口な夫。という相談は、昔もありましたが、ゲームに興じて、話をしないというのは、さすが、ゲーム世代が大人になってからのものですね。ファミリーレストランに食事に行くと、テーブル囲んで、家族みんながスマホやゲーム機をめいめいに見つめている、というのも、めずらしくないから、この相談は、最近の世相ナンバーワンにしてもいいかもです。

 我が子も、ゲームを与えまいとしてふんばっておりましたが、とうとう高学年でデビュー・・私から、時々スマホをうばいとって、お気に入りのゲームに興じるようになりました。
30分以内、と言っていても、なかなか難しいようです。ゲームに夢中になるように、学習に夢中になればいいのにな~、と思うのは、どこの親も同じでしょうか。ゲーム勉強・・・ゲームのように楽しすぎる勉強法ってないものでしょうかね。

 しかし、子ども時代に、ヘビーなゲームユーザーになってしまうと、依存症へ移行する率が高いそうです。ゲーム以外のいろんなことを学ぶ時期に、ひたすらゲームだけしていると、育っていくべき、さまざまな人間の機能が育たぬまま成長しそうですね。そういう子が大きくなって、家庭をもつと、当然のように、先の人生相談に出てくる旦那さんのようになってしまうのでしょうか。我が子はさけたいです。それでなくても、日本の夫君は、夫婦の会話をしたがらない。というか、苦手、のようです。女性は、ああでもないこうでもない、と会話を楽しむ傾向があるのに対して、男性は、必要な事だけ話して終わりの人も多いですよね。

 昔から夫婦の会話、というのは、結婚生活が長くなると、どうしても少なくなる物のようですが、さらに、ゲーム中毒なんていうやっかいなものが出現してしまって、これは、日本の夫婦全体の危機となってしまうかもしれませんね。

え?うちは?って・・・

二人とも、ゲームもしてないのに、ちょっとやばいかもです。
「言わんでもわかるやろ!」
というのは、危険信号かもしれませんね~。気をつけましょう。

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うらかわ歯科のホームページ




# by urakawasika | 2016-11-14 19:07 | 社会 | Comments(0)

とと姉ちゃんの雑誌「暮らしの手帖」   

NHKの朝ドラは、雑誌「暮らしの手帖」の創始者”トトねえちゃん”と呼ばれた女性の物語のようです。
この「暮らしの手帖」という雑誌は、うらかわ歯科医院が開業した当初から、ずっと取り寄せて、待合室においていた雑誌です。

加えていえば、私の子供のころからずっと、母が取っていて、家に当たり前のようにあった雑誌でもあります。

 この雑誌、奇抜なモデルさんが、流行のファッションで出てくるような、よくある婦人雑誌のようなページはなく、話題の電化製品の商品試験を、たんたんとやった報告記事が載っていたり、やたらエッセイがたくさん書いてあったり、料理記事も、武骨なほど、実用的に載せてあったり、と、他の雑誌とは一線を画しています。

 総じて言えば、今のトレンドな婦人雑誌の味付けとは、まったく違う路線を行っています。

 でも、この雑誌は、その昔、藤城清治さんの切り絵の絵本コーナーが長期にわたって連載されていたり、多くの文化人を輩出してきています。でも、それもそのはず。初版は、戦後まもなくだそうですから、多くの、知る人ぞ知る歴史があるのは当たり前かもしれません。

 そして、なんといっても、その雑誌の特質するべき点は、まったく広告がない。という点です。さらに言えば、良い雑誌作りを目指すため、発刊も2か月に1回だけです。

 ほんとに、風変わりで個性的な雑誌です。

 私は、開業するとき、ほかの雑誌を置こうと思いました。なんかちょっとマニアックに見える「暮らしの手帳」は、診療室には、硬いかな、と思ったのです。しかし、母が
「暮らしの手帖は、一切広告をとらず、がんこにジャーナリズムに徹しているんだから、そういう雑誌こそ買ってあげて、存続させるべきよ。」
何気に、言われた一言が、ずしんときて、待合の雑誌に採用しました。

このたび、NHKドラマで、そういう創立のいきさつを見ることになって、母の言葉が、おかしいくらい思い出されてきます。なるほどな~・・・

 最近、また、診療室から私のところに、バックナンバーがもどってくると、ゆっくり手にとってみてます。もう、流行のファッションも化粧法も、ぜんぜん興味がわかない年になってくると、どこか懐かしいような、昭和の香りをむんむんに残す、暮らしの手帳の記事がなんとも心地よいと感じてしまいます。
 若いころは、活字なんてろくすっぽ見もせず、あこがれのモデルさんのファッションに見入っていたものですが、どうも、思考も好みも、すっかり変遷してしまったようです。

 今度の日曜日は、ここに載っているおかずでも作ってみましょう。

 ”暮らしの手帖”うらかわ歯科に来られた折には開いてみてください。




# by urakawasika | 2016-09-10 15:53 | Comments(0)

飽き足りている者   

 
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 うらかわ歯科のスタッフトイレに、みことばカードをおいています。小さな箱に、聖書の有名な言葉を、カードに書いて立ててあるのです。
 トイレに入ると、たまに私は、くじのように、その中から一枚をひきます。
今日は
「飽き足りている者はハチの巣の蜜も踏みつける。しかし飢えている者には苦い物もみな甘い。」
 というメッセージでした。

 たしかにな~・・・・昔、うらかわ歯科では、子供の治療が終わると、値段にして、せいぜい100円にもならないような小さなおもちゃをあげていました。何年続けていたかな~・・・でも、なんだか、100均ショップなんかがどこかしこにもできて、そんなおもちゃなんて、ありがたくもないような社会になってきて、差し上げるのも、こっちが気が引ける感じがして、今ではすっかやめてしまいました。
 わが子を見ても、100均で水鉄砲を買ってきたかと思うと、ちょっと前に買った同じような水鉄砲は壊れてしまったのか、おしげもなく捨てています。

 家を見渡すと、ついつい買ってきてしまったどうでもいいようなものがあふれ、片付けの苦手な私なんて、どこからかたずけるべきか途方に暮れますよ。
 商売人は、どうやって買ってもらうか、知恵をしぼり、値段を安くしてけっこう良いものが、昔より、ずっと手軽に買えるようになったと感じます。それでこっちもついつい、欲望を掻き立てられていりもしないものを買ってしまって後悔したり。

 それで、本屋に行けば、断捨離とかいって、物を捨てて、シンプルな暮らしをしましょう、なんていう収納本がとっても売れてるという話です。

 でも、ささやかながらサポートさせていただく、ワールドビジョンジャパン(月々少しの金額で貧困地の子供たちをサポートする団体)で、私がサポートさせていただいている貧困地の子供さんの誕生日に、メッセージカードにそえて、封筒に入るだけの誕生プレゼントを贈るとき、こんなものもらっても、日本の子供はぜんぜん気にもとめないわな~と、思いながら、鉛筆やシール、消しゴム、ハンカチなんぞを、一生けんめい詰め込みます。そんなものが、貧困地のこの子たちには、とってもうれしいプレゼントになると知って、なんだか、送る私のほうがうれしくなってしまいます。

 まさに、聖書の言葉そのもの。”飽き足りている者はハチの巣の蜜も踏みつけ、飢えてるものは、苦い物も甘い。”

 せめて、今日の糧を与えられることを、感謝いたしましょう。

# by urakawasika | 2016-06-11 18:06 | 聖書 | Comments(0)