2010年 05月 27日 ( 1 )   

年越し派遣村の湯浅誠さんの講演会に行きました!   

 昨年はリーマンショックからの流れで、さんざんな年でした。日本近代史上、第2の無血革命がおこって、民主党政権になったのも印象的でした。年末、鳩山さんが、「仕事も寝るところもない人は、どうぞ、ここを用意してます。」 といったのが、年越し派遣村。 湯浅さんは、ここの村長をしました。(記憶に残ってます?)
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 ホームレス支援を長年やってきた功績を買われて、内閣参与という役職についたのです。・・・

 さち先生は、彼の講演会に行ってきました。湯浅さん、学生さんみたいだけど、立派なアラフォー世代。Tシャツとジーンズといういでたちで、ひょうひょうと会場に現れました。
 
 日本は、2006年から歴史的な人口減少社会に突入しました。ワーキングプア、なんて言葉もこの頃からで、貧困なんて言葉は、当時、湯浅さんたち以外まだ使ってなくて、マスコミの目に留まりました。
 貧困と貧乏は違う。貧困イコール無縁(友達も家族もないって意味ですが)というのも驚き。
 日本が右肩上がりだった頃。日本は、国の下に大きな企業があって、その傘の下に小さな企業も、家族も守られていたけど、今は、その傘がすぼんでしまった。どんなに努力しても、その傘に入れない人がいる。

 たとえば、10人イチロウがいても、半分は、絶対にタイトルがとれない、みたいなものだとか。
 リーマンショックの時、外国ではたくさんのデモがおこったけど、日本はとっても静かで、代わりに、自殺者がどっと増えた。死んでいく人たちは、自分の努力不足をせめて、自殺するときにおよんでまでも、「ごめんね」、と遺書にしたためた。

 これは、どういうことでしょう。湯浅さんは言っていました。生活保護や、失業保険から、もれていく人がたくさんいる。日本の制度は、点が、ぽつんとばらばらに存在していて、点と点の間は闇になっていて、そこに落ちている人々のセイフティーネットがない。だから、その闇を照らすシステム作りに、内閣参与にもどりました。

 湯浅さんが、強調していたのは、貧困対策には、これさえやればと言うスーパープロジェクトはない。・・・こまごまとしたことを地道にやっていって、決め細やかな政策を積み重ねていくしかない。(残念ながら)

 さち先生は、湯浅さんの特集番組ですっかりファンになっていたものですから、公演のあとは、彼の本をもって、「サインくださ~い。」とちょっとした追っかけみたいでした。(待合室にその本おいときます)
「東大卒業して、もしかして、普通の就活とかやってないんですかあ?どうやって食べていらっしゃったんですか?ご両親ってそのときどんな感じだったんですかあ~?奥さんっていらっしゃるんですかあ?」
 うちのあんちゃん(いい子の安藤先生)が苦笑するような、ミーハーな質問をあびせて、湯浅さんに笑っていただきました。
食べれたか、って?なんでも、ホームレスの方といっしょに、ちょっとしたなんでも屋さんみたいなことをしてたとか。(企業家としても才がありそう)

 いわゆるエリートコースから離れて、就活しなかったとき、ご両親の周囲に、「まことちゃんの話はするな」と言う暗黙の了解が存在していたとか・・。内閣参与ですもの。今は違うでしょうけど。

 湯浅さんかなり頭いいです。活動家に共通するむんむんの熱気は感じず、それがまた、今風。

民主党政権は、最近旗色悪いですけど、こんな方を、登用するなんて、やっぱりすごいんじゃないかな。と思った私です。 会場の皆さん、湯浅さんのお話に感銘を受けて、ここににわかにミーハーな、「福岡湯浅さんを守る会」が発足しました。(写真、美女ばかりでしょう)
 やれやれ、湯浅さん、翌日の大阪講演は大丈夫だったかしら。

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by urakawasika | 2010-05-27 00:12 | この人語録 | Comments(8)