2019年 平成が終わりました~   

あけましておめでとうございます。


 とうとう、平成は終わりましたね。昭和が終わった時のことを思い出します。昭和が終わる年の暮れ、昭和天皇の様態が悪くなって、日本中がその動向を見つめつつ、新年を迎えました。確かお正月番組も自粛していました。そして、新年になって、何日か経ち、ついに昭和天皇が崩御なさいました。昭和が終わった。・・・・若い私も、なんとなく、動揺していました。未知なる世界に飛び出す不安感だったのでしょうか。

 今となっては、あまり思い出せませんが、それと前後するように、昭和の歌姫、美空ひばりさんが亡くなりました。大学病院に勤めていた私は、年配の看護婦さん(その頃は、まだそう呼んでいました。)が、その朝、「美空ひばりが亡くなった!。」と、泣かんばかりの迫力で叫んでいたのを覚えています。
 
それから、しばらくは、激動の昭和を検証する番組がたくさん流されていました。

 今年は、それと対比するように、平成を検証する番組が流れます。平成も30年を経たので、昭和を知らない世代が、時代の中心になりつつあります
「平成を検証する、というと、みなさん、昭和のつけを、平成がどうつけたか、という話に終始するようですが、僕は、平成生まれなので、そういう言い方は、ちょっと違和感があります。」

 そういうことを、若いコメンテーターが言っていました。なるほどな~・・・平成生まれの息子も、私が鼻歌を歌っていると、

「ねえ、それ”ショウワ”の歌?」
なんて、無味乾燥のイントネーションで聞いてきます。”昭和” と言え!、私はむっとします。でも、彼にとっては、私が明治時代を思うようなもので、大隈重信が闊歩している時代を自分の時代と思えないのと同じことなんでしょう。

 さて、平成が終わった今年、どんな年になるのでしょう。年末に届いた出先不明の請求書には、会社名だけで、電話番号さえ書いてありませんでした。しかたないのでネットで調べたら、その会社は、取引のある会社が、集金業務を委託した会社だとわかりました。やれやれ、今時は、クレームや、問い合わせに人手を使いたくないので、電話番号さえ書かないというのが当たり前のように通る時代なのでしょうかね~。

 企業の信用とか、誠実とか、そういうのはコストがかかる。ならば、コストのかからないことを追求しよう。責任取らず、もうけは取ろう! 平成30年をかけて、そちらに舵取りしてきたように感じるのは、昭和世代だからでしょうか。なんかこのごろ憮然とすることだらけ。

 でもね、もう少しいけば、たぶん、捨てていく物を、もう一度拾うのが、今最も新しい、ということになる、と思うよ~。人間の本質はかわらないものだから。

# by urakawasika | 2019-01-07 12:36 | 社会 | Comments(0)

旅の出会いは色々   

 飛行機で、母と親戚の家にでかけました。年老いた母は、意を決しての遠出。私も、飛行機を使うのは何年ぶりです。チケットをなくしたり、時間に遅れたりすることなく、ちゃんと着かなければ。ちょっと気負ってます。

 そんな気負いをよそに、この度は、色んな方の人情にふれる旅になりました。

のっけから、西新の地下鉄で、小さな西南小学校の生徒さんが近寄ってきました。
「おばちゃん、持ってあげる!」 
と言うが早いか、私の荷物を、階段上からホームまで下ろしてくれました。今時、そんなことを表だってできちゃう小学生がいるのね! 感動です。

羽田につくと、目的地までは果てしなく、山手線やらなんとか線、二つも乗り換えです。乗り換え駅では、ものすごい人の波。足の遅い母は、すぐに、人並みに押し出され、すみの方を、必死で私に着いてくる。まるで、大河を渡っているようです。
 なんとか、ホームまで来て、来た電車に飛び乗りました。でも、表示を見ると、目的の駅がないような。私たちは、あわてて降りました。すると、電車の中から、若い女性が降りてきて、
「この電車○○駅に行きますよ。」
と教えて下さいました。私たちが、騒動しているのを見て、親切に間違いを教えて下さったのです。

再度電車に乗ると、今度はその騒動を見て、隣にいた年配の方が声をかけてくださいました。
「どちらから、おいでになったのですか?」
それをきっかけに、目的地に着くまで、その見知らぬ方と、色んなことをおしゃべりさせていただいたのです。
それに、母を連れ立っていたので、何度も、乗り物の中で、席も譲っていただきました。ほんとに恐縮です。

良い旅でした。東京は大都会。みんな個人主義で、もっと殺伐としているのかと勝手に思いこんでいる田舎物です。旅の始まりの小学生から、電車の中の人々まで、思い出すたびに、心がほっかりなります。

さて、しかし、その中で、ほんとに、とても気分の悪い思いを一度だけしました。福岡の手荷物検査のところで、私は、もたもたしてしまったのです。悪気があってのことではなく、久しぶりの飛行機だったので、係官の指示する意味がよく伝わらなくて、彼の思いとは違う動きをしていたようです。係官の彼は、あからさまにいらいらした様子で、
「かごに荷物を入れる!」
と同じことを連呼します。そのとおりにしても、彼は、ますます連呼します。どうも、上着を次のかごに入れるとか入れないとか、微妙な違いを私が理解していないということのようでした。
(今だによくわかりません。)まるで、勉強のできない子に、先生が、強い口調で同じことを連呼するみたいな感じ。

ほんと感じ悪かったです。とても若い男性でした。飛行場なんて、非日常の空間です。旅が楽しくなるか、楽しくなくなるか、ちょっとした人とのかかわりで決まってくることだってあるのだけど、そんなこと考えたこともないのでしょう。彼は、一見単純作業に見える自分の仕事に無感情で臨んでいるのかも知れません。
もたもたして、混乱している乗客を見たら、ちょっと、言い方を変えるとか、わかりやすい言葉を言い添えてあげるとか、気持ちさえあれば、何かできるでしょう。

彼は、仕事へのこんな取り組み方を、この先ずっと続けていくのか、と、なんだか心配にさえなります。
他の親切な方々からの素敵な思いとは正反対の、とてもいやな感じ。

でも、ふりかえれば、自分も、毎日の仕事はついルーティンになって、多くの出会いをぶちこわしにしているかもしれませんよね~。気をつけましょう。
出会った人は何かの縁。やはり、大切にしたいものです。



# by urakawasika | 2018-11-22 16:26 | 我が家流 | Comments(0)

子どもたちの食、給食   

  先日、息子の中学校の給食室見学というのに行ってきました。息子の中学は、何年か前に給食が始まって、お弁当から解放されている私です。

その日、希望者の保護者数人で、日頃は、あるのかないのさえ意識していないすみっこの建物に入っていきました。

私も幼い時の給食室の記憶があります。暑い夏の日だったのか、給食室の窓はあいていて、中で、作業する”おばちゃん”(子どもはみんな給食のおばちゃんと呼んでいました。)が、大きなオールのようなしゃもじで、でっかい鍋をかき回していたのを、うっすら覚えています。

しかし、いざ、入ってみると、そこは、昔の給食室とは別世界でした。入り口ではエプロンに着替え、なんと、エアーシャワーを全身にあびました。もちろん、入念な手洗いをして、頭には、不職布のキャップをかぶり、髪の毛を全部入れてしまうように指導されました。

ん? これはどこかで見た光景・・・・
そうか~。ICU,もしくは手術場ではないですか・・・・
私はほんとにビックリしました。まさに、ICUか手術場! 消毒の考え方、滅菌の考え方・・・私たち医療人は、まずそのあたりから、徹底的に指導されるわけですが、まさか、学校給食の現場で、それとほぼそっくりのシステムが作動しているなんて・・・

中に入ってまたびっくり。

土がついた野菜、洗う前の魚、などなど、そういうものは、できあがった料理を汚染させるリスクがある、というので、調理の流れは、常に一方通行の動線です。さらに、その動線を、デザインするところから、調理計画が始まるそうです。

栄養士さんは、メニューを作ることが仕事、くらいに思っていたけれど、とんでもない。メニューを作ったあと、一つ一つの素材の動線を、きっちり計画表に色分けして書き込むという仕事も大切な仕事です。

おおむね、作業全般が終わったころに見学したので、給食室内は、さしずめ、きれいに整理された工場を見るようでした。ぴかぴかのステンレス。ぴかぴかの室内。味気ないくらい、殺風景です。

我が家で、夕食を作るときはどうでしょ。台所はてんやわんや。食事が終われば、相当雑然としています。もう、ほんと別世界です。さらに、昔の記憶の給食室からも、かなりかけ離れています。

こうやって、子ども達の食が守られているんだな~。感謝の涙さえあふれてくるようでした。一度、チャンスがあったらみなさんも見学おすすめします。


# by urakawasika | 2018-10-05 16:27 | 社会 | Comments(0)

断捨離! 苦手です   

  断捨離・・・とても苦手です。あとで使うかも、と思うし、そうそう何でも捨てりゃいいってもんじゃないよな、と思う私です。

それでも、今年の夏休みは、断捨離頑張ろうと思います。
 少しずつやろう、と思い、時間のある時に、場所を決めて、荷物を減らしておりますが、なんかね~、思い出の品が出てくるんですよ。
 若かりし日は、精力的に手芸をしていました。そのため、やれ刺繍だの、ソーイングだの、造花造りだの、たくさん、趣味のお道具が出てきました。

 こういうのって、けっこうたくさん投資もしてしまったし、処分するのに勇気がいります。
 そのうえ、手芸のテキストもたくさんです。作品がたくさん載ってるこういう本は、見ているだけで楽しくて、絶対使わない、とわかっていても、なかなか捨てられません。
うっかりすると、断捨離の時間は、読書タイムになり、何しているのかわからなくなります。

 こんな時、手作りのお洋服を時々着てこられる、患者さんの若いお嬢さんに話を振ったら、子供服の手芸本が欲しい、と言ってくださいました。さっそく、7~8冊まとめてさしあげることができました。
 
 なんか、子猫のもらい先が決まったような気持ち。物といっても、自分の人生の時間を共有してくれたものは、ただの物というわけではなく、自分の過去の時間もその上に乗っかっているんだな、とあらためて感じます。

 私の子猫ちゃんたち、しっかりもらってくださった方が活用してくれたら、なんという幸せ。でも、もし、いらなくなってぽいと捨てられていたとしても、活用してくれてるだろうな、と思えるだけ、なんか幸せ。

 そういえば、昔猫を飼っていました。子供が生まれる前に死んでしまいました。猫がいなくなってみると、また、こんな別れを経験するんだったら、もう飼うのをやめよう、と思って、今にいたります。もちろん、猫を世話する時間的余裕がなくなってしまったのも手伝っていたけれど。

 もう、色々買いこむのはやめよう。そうそう”私の子猫ちゃん”をもらってくださる方は出てこないし・・・探すのも手間だし・・だからといって、捨てるのもかわいそう。

メルカリ・・・? そうですね~。今時の方は、メルカリでしっかり誰かにお譲りするのかもしれませんね。でも、送料、梱包・・考えると・・・これもね~。けっこう手間なんですよ。
 
物がないとこから始まって、何でも欲しかった昭和の時代を経て、断捨離なんて言ってる日本の国民は、ほんとに幸せですよね。断捨離しながら、感謝、感謝、神様に感謝。
結局そういうところにいきつきました。




福岡市早良区西新、百道、百道浜、矯正歯科、歯科、審美歯科 


# by urakawasika | 2018-07-18 11:16 | さち先生ブログ | Comments(0)