車掌さんの英語   

 先日研修会で大阪に行きました。
 さて,帰りの新幹線で、ちょっとほっこりすることがありました。
新幹線の中で、年は私とかわらないような、おじさん車掌さんが、すっごくさわやかな笑顔で、乗客の相談に乗っていました。ややイケメンでもあります。今どき、こんなに感じの良い人は、そうどこでも見られなくなったよな~、なんて、感慨にふけっていると、到着アナウンスが流れます。

声はあの彼です。

「しんこうべ~、しんこうべ~、次はしんこうべ~。・・・・・」
やっぱりここでもさわやかで!ところが、次の瞬間、彼が英語でアナウンスを始めました。

「××○○・・・・・」

え~? すっすごいなまってる~! カタカナ棒読み状態で、しかも、彼の緊張している様がはっきり声に乗っかっている!
早く終わんないかな~、って、彼の心が必死で叫んでいるのが伝わってきました。
あらら・・・・最後のサンキュー、に至っては、自信なさげにフェイドアウトさえしました!

なんか、ふいをつかれてちょっとびっくりです。
確か、新幹線は、女性の録音音声で英語アナウンスをしていたと思うけど。

でも、次の瞬間、
「がんばれ! 大丈夫・・・外人さんにはわからないかもしれないけれど、日本人にはすごく聞き取れる! 」
思わず、私は心で叫んでしまいました。

さっき、座席でにこやかにほほ笑んでいた彼、車掌業務ばっちりなんだろうけど、ここだけ、毎日どきどきしてるんでしょうね~。
不思議と、このアナウンスで、私の車掌さんへの好感度は、なぜかさらに上がってしまいました。

人って、完璧より、どこかこうやって、だめなところをさらけ出される方が、ほっとするのかもしれないね。いや、それとも、このカタカナ英語、日本人の心の琴線にふれる、公約数なのかもしれないですよ。だって、こんな記事がありました。




でも、車掌さんになりたいと言ってる鉄道少年よ。ちゃんと英語勉強しないとだめだよ~。笑


by福岡市早良区西新の歯科医院
うらかわ歯科





# by urakawasika | 2019-07-31 05:12 | Comments(0)

座る二宮金次郎   

  二宮金次郎といえば、薪を背負って歩きながら、本を読んでいる幼子の銅像を思い出します。もちろん、小学校の校庭の隅にそれはおいてあって、懐かしい小学校の記憶がそこに重なっています。まあ、そんなこと言うのは、私たち昭和世代でしょうけどね。

 しかし、もはや、わが子の小学校には、そんなものはなかったし、どこの小学校でも、最近では見たこともないので、そろそろ絶滅してしまったのかしら、と思っていました。
 ところが、最近でも、新たに金次郎像が設置される学校もあるとか。へ~、っと思って感心していると、なんと、金次郎さんは、座っているらしいです。

 これにはびっくり!

なぜ金次郎さんが座っているかというと、歩きながら本を読んだら、交通安全上危険であるからだそうです。さらに、いまどきは、歩きスマホという場合もあるし・・・・なんだそうですよ~。 ご存知でした??


さらに、その二宮金次郎の生涯が、最近映画化されたようです。銅像で親しんだ金次郎さんですが、実際の生涯を私はあまり知りません。とにかく貧しい中で、前向きな情熱を燃やして、人々のためになった人、というのは知っていましたが、どんなことをしたのか、金次郎像とともに小学校時代を送った私たち世代でも、どうも、あまり詳しく知っている人はいないようです。

座り金次郎といい、映画といい、私にとっては、ちょっとしたマイブームになりまして、ならば、映画館へ行ってみよう、と思いましたが、残念ながら、福岡での上映は予定されていない模様・・・残念。

しかたないので、映画の予告映像を見てみたら、金次郎さんは、600もの農村を再生させた、とありました。大変な苦労の連続で、七転八起の人生だったようです。「こつこつ小さなことを積み重ねて、最後は大きなことを成し遂げた。」と、映画のプロモーションで訴えていました。
DVDが出たら、ぜひ観たいです。

それにしても、二宮金次郎さんは、貧しい幼年期、家の手伝いに追われ、蒔拾いのさなかでも、なんとか本を読みたいと、薪を背負って歩きつつ学んだ、ということですが、それは、どんな境遇にあっても、思いの強さとひたむきさで、不可能を可能にすると、私たちに訴えます。

しかし、どうも残念ながら、座った金次郎さんからは、そのメッセージは弱いような気がするのですが、どうでしょう。
だけど、座った金次郎さんになっても、何が何でも設置したい、という学校側の思いは、なんか、けなげだな~、とちょっとうれしく感じたりする私でした。

まあ、座ってしまった分は、この封切された映画を、子供に見せるとして補いましょうかね~。





# by urakawasika | 2019-07-11 20:42 | こんなの知ってます? | Comments(0)

令和元年 おめでとう!   


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 とうとう、令和元年になってしまいましたよ~。

 昭和、平成、令和・・・私も三代をまたぐことになりました。笑
令和って名、個人的に言うと、気に入らないです。(すみません。)どうせなら、礼儀の礼で、”礼和”がいいんじゃないかな~、と思うわけですよ。令なんて、命令の令だから、自由のない硬直感があって、もしかしたら、朝鮮半島や中国大陸に、命令されて小さくなっちゃう日本にならないといいけどな~、なんて、思っちゃうわけです。周りの国同士、礼儀をもって、愛をもって行こう! やっぱり、礼なんじゃないかって・・・

名前って大切ですよ。不思議なことに、名前ってつけると、なんとなくそのようになっちゃうようなことって感じたことありませんか? 私の名前も自分の性格や人生と、どこかリンクしているような気がしますし、家族のみんな、どこかしらそんな感じがあります。

まあ、つけてしまったからには、どうぞ、命令されて、大変なことになりませんように・・・と、願う私です。 まあ、出典は、万葉集のおめでたい言葉らしいので、笑われるかもしれないけれど。

 平成元年は、山口大学の口腔外科で迎えました。天皇陛下が一面の、平成の文字がどかんと踊る新聞をかかえて、医局の先生と記念写真を撮りました。それで、今回も、同じようにスタッフとみんなで写真を撮りました。あの平成の写真の私は若かったよな~・・・令和の記念撮影は、ずいぶん年とったものです。こんな年になるなんて・・・人の一生は駆け抜けるようなスピードなんですね。

 うちの患者さんで、昭和元年生まれのご婦人がおられます。素敵にお元気な彼女は、確か93歳。彼女は、戦争をリアルに知る世代です。空襲でやられた、死臭のする街を逃げまどった経験を持っているのです。でも、彼女のような生き証人は、やがて一人もいなくなる時がきます。人類の歴史を見ると、自分の社会からすべての戦争体験者がいなくなった時から、どうも黒いタイマーは動き出していくようです。どうしても人間は、過ちを繰り返す。

 平成生まれが社会の中枢を担い始め、令和の若者が闊歩するころ、日本はどうなっているのでしょうか。屈託のない平成生まれの若いスタッフの笑顔を見ながら、人間の光と影を思います。どうぞ、光がさんさんと日本を照らしますように。人生が進むごとに、人は心配性になるのかも。人間は捨てたものではない。せめて、そう信じることにしましょう!



# by urakawasika | 2019-05-07 00:36 | 社会 | Comments(0)

中学生ショック   

  子供が、小学校、中学高校と育っていくと、自分が通った道をまたもう一度検証するような気持ちがします。小学校は、のんびりしています。中学受験をするお子さんは別として、授業をしっかり聞いて、宿題をやっておけば、なんとかなっていくような感じです。でも、中学になると同時に、いきなり何段階も上がります。一気に英語をはじめ、課題がふくらんで、突然ノルマが増えます。

期末テストは実技教科まで9教科いっきにつめこまなければなりません。
それにお決まりの、ハードなクラブなどもセットになっていて、生活のリズムもつかみきれず、どうやって、時間をやりくりしていったらいいのか、途方に暮れる子が続出です。

 クラブをやりながら宿題をやって、しかも予習なんてことになれば、おのずと、睡眠時間は削られ、中学ブラック企業と呼びたくなるような子供たちの生活。
先生方は、小学校とのギャップを中学生ショックと呼ぶのだそうです。

 勉強が苦手なわが子の勉強を見てやってみて、初めて知った恐ろしいほどのギャップ! これを見事にクリアして、上位成績で悠々とすごしている中学生もいるだろうけど、まあ、普通のお子さんなら、たぶん、四苦八苦するのではないかと思います。

 ところで、わが子の学校の成績表を見たら、数学30点以下が、全体の20パーセント以上いたのでびっくりしました。でも、うなずける。中学生ショックをのりこえられず、ちょっとしたつまづきをどうしていいかわからずに、放置してしまったら、あっというまに落ちこぼれてしまうのは、当然だと思ってしまいます。

 うらかわ歯科に来る、来年中学生になるお子さんに、ついついアドバイスしたくなるさち先生です。勉強はお子さん任せにしないで、要領を得るまでは、かかわってあげたほうがいいよ~、とお母さんに言い。お子さんには、「クラブは、しばらく入らずに、学校のリズムをつかんでから入るのもいいんじゃない。」なんて言う。中学生ショックを乗り越えて、本来の自分の力を出してほしいな~と思います。

 でも、考えると、お手伝いをしたり、さまざまな生活のことをきちんと教えたりするのは、ほんとに小学生の時しかできそうにないな~と思ってしまいます。なんせ、中学になれば、ブラック企業並みの忙しさ、しかも、反抗期。しかもしかも、親も働いていたりなんかして、アイロンかけ一つ教えることができず成人してしまう。いや、我が家は、そうなっている!

 でも、もっともっと、丁寧に暮らす、ということを、どこかで子供に教えたいよな~、と思っている私です。衣食住、どれも、おざなりにしていると、やっぱり、地に足がついた考え方って、できなくなるんじゃないかな~と思うのです。中学卒業したら、同じような路線で高校、となれば、またそれも絶望的。日本の高校は、もっと生活が学べるところがあってもいいんじゃないかな~・・・と思うようになりました。
 
 むつかしい高校の勉強はちょっと減らして、料理教えたり、DIYしたり、庭仕事教えたり、掃除のノウハウをしっかり教えてくれたり・・・・一生のうち、そういうことをしっかり学ぶ時代が、若い時代のどこかにあるといいのにな~と思う私です。なんせ、私も、スルーしてしまった口なので・・・そしたら、人生はさらに豊かになりそうな気がしてます。





# by urakawasika | 2019-03-27 04:34 | 社会 | Comments(0)