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最初の患者さん・・・春近し!   

 開業して20年以上がたちます。
先日Aさんという中国人の患者さんが来られました。大きなお子さんを連れて、懐かしそうに言われます。
「先生、私をおぼえていますか?私は、先生の一番初めの患者です!」
お~~・・・そうだった。
当時のことをありありと思い出します。うらかわ歯科を開業したものの、初日は、患者さんはだれも来ませんでした。今どきは、開業に際して内覧会などを行うようですが、うらかわ歯科がオープンした時は、そんな知恵もなく、ひっそりとオープンして、身内の患者も、初日は来れなくて、すっかり出鼻をくじかれていました。歯で困っている多くの人の助けになりたい、と、志は立てたものの、患者さんが来てくれなかったオープン初日
 オープニングスタッフに慰められながら、翌日になり、有線の音楽だけが、やたら響く診療室で、身内患者の母が治療に来るので、それをたよりに待っていたら、玄関が開いて、見知らぬ家族が入ってこられました。
そうです。それがAさんでした。小学生の男の子を連れて、さらさらのロングヘアーに、優しい微笑みを浮かべ、片言の日本語で、問診に答えたAさんは、中国から、ご主人のお仕事で福岡に来てまもないようでした。ご主人に通訳されながら、問診に答えてくださいました。

 今となっては、おぼろげな記憶の中に、彼女の素敵な笑顔だけが、印象的に浮かんできます。

「まあ!Aさん。覚えてますとも!」
再会した時に、いっしょに来ていた、高校生くらいのお子さんは、かつてはまだいなかった、下のお子さんだそうです。Aさんの日本語は、もうばりばりになっていて、ちょっと、貫禄もついていました。
あれから、福岡を離れ、20年近くたって、また福岡にもどってこられたのだとか。

福岡市の歯医者さん うらかわ歯科

決してうらかわ歯科の近くに住んでいるわけではないのに、わざわざ、覚えてくださって、来てくださったなんて、歯医者冥利につきるというものです。

ご主人も、日本と中国をまたにかけ、大活躍のご様子。それもなんだか、うれしい。
人は、あるとき出会って、人生が次のステップに進んだら、それぞれまた、離れていく。うらかわ歯科は、ずっと同じところにあって、ある時、止まり木のようにとどまって、また、飛び立っていく。

まあ、歯の治療をするところですから、そんなに大袈裟なことではない、と思うかもしれませんが、止まり木のように、動かない方からすると、感慨深い。

「先生もちっともかわらない・・」
Aさんは、そう言ってくれましたが、ずいぶん、お互いかわっているんでしょうね~。人と接する仕事は、時に、大変なこともあるけれど、こういう瞬間は、ほんとにほのぼのします。

私も、あれから、ずいぶん年をとったものだな~と思います。春はそこまで、また新しい出会いと別れが、めぐります。

福岡市の歯医者 うらかわ歯科


by urakawasika | 2019-02-25 16:21 | うらかわ歯科エピソード | Comments(0)

旅の出会いは色々   

 飛行機で、母と親戚の家にでかけました。年老いた母は、意を決しての遠出。私も、飛行機を使うのは何年ぶりです。チケットをなくしたり、時間に遅れたりすることなく、ちゃんと着かなければ。ちょっと気負ってます。

 そんな気負いをよそに、この度は、色んな方の人情にふれる旅になりました。

のっけから、西新の地下鉄で、小さな西南小学校の生徒さんが近寄ってきました。
「おばちゃん、持ってあげる!」 
と言うが早いか、私の荷物を、階段上からホームまで下ろしてくれました。今時、そんなことを表だってできちゃう小学生がいるのね! 感動です。

羽田につくと、目的地までは果てしなく、山手線やらなんとか線、二つも乗り換えです。乗り換え駅では、ものすごい人の波。足の遅い母は、すぐに、人並みに押し出され、すみの方を、必死で私に着いてくる。まるで、大河を渡っているようです。
 なんとか、ホームまで来て、来た電車に飛び乗りました。でも、表示を見ると、目的の駅がないような。私たちは、あわてて降りました。すると、電車の中から、若い女性が降りてきて、
「この電車○○駅に行きますよ。」
と教えて下さいました。私たちが、騒動しているのを見て、親切に間違いを教えて下さったのです。

再度電車に乗ると、今度はその騒動を見て、隣にいた年配の方が声をかけてくださいました。
「どちらから、おいでになったのですか?」
それをきっかけに、目的地に着くまで、その見知らぬ方と、色んなことをおしゃべりさせていただいたのです。
それに、母を連れ立っていたので、何度も、乗り物の中で、席も譲っていただきました。ほんとに恐縮です。

良い旅でした。東京は大都会。みんな個人主義で、もっと殺伐としているのかと勝手に思いこんでいる田舎物です。旅の始まりの小学生から、電車の中の人々まで、思い出すたびに、心がほっかりなります。

さて、しかし、その中で、ほんとに、とても気分の悪い思いを一度だけしました。福岡の手荷物検査のところで、私は、もたもたしてしまったのです。悪気があってのことではなく、久しぶりの飛行機だったので、係官の指示する意味がよく伝わらなくて、彼の思いとは違う動きをしていたようです。係官の彼は、あからさまにいらいらした様子で、
「かごに荷物を入れる!」
と同じことを連呼します。そのとおりにしても、彼は、ますます連呼します。どうも、上着を次のかごに入れるとか入れないとか、微妙な違いを私が理解していないということのようでした。
(今だによくわかりません。)まるで、勉強のできない子に、先生が、強い口調で同じことを連呼するみたいな感じ。

ほんと感じ悪かったです。とても若い男性でした。飛行場なんて、非日常の空間です。旅が楽しくなるか、楽しくなくなるか、ちょっとした人とのかかわりで決まってくることだってあるのだけど、そんなこと考えたこともないのでしょう。彼は、一見単純作業に見える自分の仕事に無感情で臨んでいるのかも知れません。
もたもたして、混乱している乗客を見たら、ちょっと、言い方を変えるとか、わかりやすい言葉を言い添えてあげるとか、気持ちさえあれば、何かできるでしょう。

彼は、仕事へのこんな取り組み方を、この先ずっと続けていくのか、と、なんだか心配にさえなります。
他の親切な方々からの素敵な思いとは正反対の、とてもいやな感じ。

でも、ふりかえれば、自分も、毎日の仕事はついルーティンになって、多くの出会いをぶちこわしにしているかもしれませんよね~。気をつけましょう。
出会った人は何かの縁。やはり、大切にしたいものです。



by urakawasika | 2018-11-22 16:26 | 我が家流 | Comments(0)

子どもたちの食、給食   

  先日、息子の中学校の給食室見学というのに行ってきました。息子の中学は、何年か前に給食が始まって、お弁当から解放されている私です。

その日、希望者の保護者数人で、日頃は、あるのかないのさえ意識していないすみっこの建物に入っていきました。

私も幼い時の給食室の記憶があります。暑い夏の日だったのか、給食室の窓はあいていて、中で、作業する”おばちゃん”(子どもはみんな給食のおばちゃんと呼んでいました。)が、大きなオールのようなしゃもじで、でっかい鍋をかき回していたのを、うっすら覚えています。

しかし、いざ、入ってみると、そこは、昔の給食室とは別世界でした。入り口ではエプロンに着替え、なんと、エアーシャワーを全身にあびました。もちろん、入念な手洗いをして、頭には、不職布のキャップをかぶり、髪の毛を全部入れてしまうように指導されました。

ん? これはどこかで見た光景・・・・
そうか~。ICU,もしくは手術場ではないですか・・・・
私はほんとにビックリしました。まさに、ICUか手術場! 消毒の考え方、滅菌の考え方・・・私たち医療人は、まずそのあたりから、徹底的に指導されるわけですが、まさか、学校給食の現場で、それとほぼそっくりのシステムが作動しているなんて・・・

中に入ってまたびっくり。

土がついた野菜、洗う前の魚、などなど、そういうものは、できあがった料理を汚染させるリスクがある、というので、調理の流れは、常に一方通行の動線です。さらに、その動線を、デザインするところから、調理計画が始まるそうです。

栄養士さんは、メニューを作ることが仕事、くらいに思っていたけれど、とんでもない。メニューを作ったあと、一つ一つの素材の動線を、きっちり計画表に色分けして書き込むという仕事も大切な仕事です。

おおむね、作業全般が終わったころに見学したので、給食室内は、さしずめ、きれいに整理された工場を見るようでした。ぴかぴかのステンレス。ぴかぴかの室内。味気ないくらい、殺風景です。

我が家で、夕食を作るときはどうでしょ。台所はてんやわんや。食事が終われば、相当雑然としています。もう、ほんと別世界です。さらに、昔の記憶の給食室からも、かなりかけ離れています。

こうやって、子ども達の食が守られているんだな~。感謝の涙さえあふれてくるようでした。一度、チャンスがあったらみなさんも見学おすすめします。


by urakawasika | 2018-10-05 16:27 | 社会 | Comments(0)

断捨離! 苦手です   

  断捨離・・・とても苦手です。あとで使うかも、と思うし、そうそう何でも捨てりゃいいってもんじゃないよな、と思う私です。

それでも、今年の夏休みは、断捨離頑張ろうと思います。
 少しずつやろう、と思い、時間のある時に、場所を決めて、荷物を減らしておりますが、なんかね~、思い出の品が出てくるんですよ。
 若かりし日は、精力的に手芸をしていました。そのため、やれ刺繍だの、ソーイングだの、造花造りだの、たくさん、趣味のお道具が出てきました。

 こういうのって、けっこうたくさん投資もしてしまったし、処分するのに勇気がいります。
 そのうえ、手芸のテキストもたくさんです。作品がたくさん載ってるこういう本は、見ているだけで楽しくて、絶対使わない、とわかっていても、なかなか捨てられません。
うっかりすると、断捨離の時間は、読書タイムになり、何しているのかわからなくなります。

 こんな時、手作りのお洋服を時々着てこられる、患者さんの若いお嬢さんに話を振ったら、子供服の手芸本が欲しい、と言ってくださいました。さっそく、7~8冊まとめてさしあげることができました。
 
 なんか、子猫のもらい先が決まったような気持ち。物といっても、自分の人生の時間を共有してくれたものは、ただの物というわけではなく、自分の過去の時間もその上に乗っかっているんだな、とあらためて感じます。

 私の子猫ちゃんたち、しっかりもらってくださった方が活用してくれたら、なんという幸せ。でも、もし、いらなくなってぽいと捨てられていたとしても、活用してくれてるだろうな、と思えるだけ、なんか幸せ。

 そういえば、昔猫を飼っていました。子供が生まれる前に死んでしまいました。猫がいなくなってみると、また、こんな別れを経験するんだったら、もう飼うのをやめよう、と思って、今にいたります。もちろん、猫を世話する時間的余裕がなくなってしまったのも手伝っていたけれど。

 もう、色々買いこむのはやめよう。そうそう”私の子猫ちゃん”をもらってくださる方は出てこないし・・・探すのも手間だし・・だからといって、捨てるのもかわいそう。

メルカリ・・・? そうですね~。今時の方は、メルカリでしっかり誰かにお譲りするのかもしれませんね。でも、送料、梱包・・考えると・・・これもね~。けっこう手間なんですよ。
 
物がないとこから始まって、何でも欲しかった昭和の時代を経て、断捨離なんて言ってる日本の国民は、ほんとに幸せですよね。断捨離しながら、感謝、感謝、神様に感謝。
結局そういうところにいきつきました。




福岡市早良区西新、百道、百道浜、矯正歯科、歯科、審美歯科 


by urakawasika | 2018-07-18 11:16 | さち先生ブログ | Comments(0)

ブログをさぼってたら、すっかり春!   

 
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 (桜の写真はむつかしいね~。)
月曜日、出勤したら、駐車場の横の桜が見事に咲いていました。そうか~。もうそういう時期か~。私はため息をつきます。

 昔は、いつも、誰かに送り出してもらってました。卒業、入学、就職、結婚、転居・・・。この時期は、人生が、出発地点から遠い方向へ、どんどん進んでいることをつきつけられます。

 毎日同じようなところで足踏みしていると思ったら、なんとまあ、さらに遠くへ来てる・・・そんな感じです。

 でも、いつの頃からか、私は、いつも誰かを送り出す側にいました。いつからなんでしょう・・・・今年も、何ヶ月もかかって矯正を終えた若い方を、遠くの大学へ送り出し、転勤の家族にお別れしたり、あわただしく、別れがやってきました。

 おまけに、今年は、娘が家を出て独立します。

 子どもを育ててみて思うのは、生きる力って、勉強だけさせてても絶対つかないな、ということです。
 自分の暮らしを、自分でしっかり営んでみる。食事を作る、掃除をする。ゴミ出しや、数限りないちょっとした家事や、身の回りの細々したことを、ちゃんと自分でやってみることで、地に足がついた考え方ができるように思います。まわりのこともしっかり見えてくる。

 残念ながら、まったくそのあたりは、娘に教育できてない、とほほの母親です。でも、考えてみれば、私自身も、あの時代ぜんぜんそういうことができてなくて、大学で一人暮らしをして、初めて、ちょっとは大人になったような気がします。
 第一、食費を浮かせるために、あれこれ工夫しているうちに、気がつけば、きらいな物が食べられるようになってました。

 今となっては、すっかり忘れているけれど、あの頃の自分って、どんなんだったんでしょう。今の自分が見たら、おいおい、なんとかしようよ・・・と、目を覆いたくなるものかもしれませんね。

 でも、幸い、すっかり忘れ去ってしまってますから、私は、娘に偉そうな教訓を平気でたれたりしてます。
 誰もが来た道とは思えども、すっかり送る方に回った今では、少しでも、上手に通ってほしい、と思わずにはいられません。
 そして、この年になると、そんなこんなしているうちに、やがて最後は、自分もこの世から、送られて去る身になるちっぽけな人間であるということに、ふと寂しさを覚えます。
 散る時を惜しむ桜、桜の薄紅色は、毎年毎年、心を揺らしますね~。

by urakawasika | 2018-03-28 11:12 | 季節 | Comments(0)

平成30年 今年ももよろしくお願いします。   

 平成ラストの年になりました。かつて、私が若い頃は、うちのおばあちゃんは、明治生まれだ~、なんて会話を、ある感慨をこめてかわしていたものですが、私も、同じ感覚で、若い人に「昭和生まれだ~、」と言われる立場になったんだな、と困惑します。

 お正月番組も、ほとんど見ずにすごしていました。ほんのちょっとつけたテレビでやっていたのは、フードファイターと呼ばれる若者が、ライオン相手に、肉の食べ比べをするというものでした。

 思わず目をそらしました。人類の歴史上、食べるものにことかかない時代なんて、たぶん、今くらいで、多くの時代、地球上のあらゆるところで、餓えと貧困が、しつこいしみのようにはびこり、人々は、その日その日の糧を得るために、大変な努力をしてきました。今でも、北朝鮮の貧しい国民を写し出すニュースを始め、そういう映像は、毎日ことかきません。そのたびに、胸が痛むものです。
 たぶん、今の日本の私たちは、かつて人類が経験したことのない恵みの時を、恵みの場所で過ごしているだけだと思います。私たちが偉かったというわけでもなく、ただたまたま、だれかのおかげで到来した、恵みの時を享受できている自分。私はそういうとらえかたをしています。

 恵みであれば、感謝が伴うもの。だから、必要以上に食べ物を無駄にしたり、傲慢な姿勢を取るべきではなく、やはり、食事食事のたびに感謝を捧げたいものだと思います。そう言いながら、たくさんの食べ物を無駄にしてしまう自分に、せめて、痛みを感じたいと思う私です。だから、テレビで見たフードファイターなんて、私にしたら、傲慢そのもので、なんだか、恐ろしくなりました。この人、大丈夫だろうか・・・・

主をおそれることは智恵の初め。聖書

見えざる神の手は、やがて、恵みの時を過ぎ去らせ、そのむくいを自らの上に招く。どうぞ、神様、私たちの傲慢をお許し下さい!
年頭、思わず、祈ってしまいました。

今年は、気を引き締めて、やはり、当たり前と思っていることに、あらためて意識をめぐらし、感謝して歩んでいきたいものだ、と思いました。

また今年もよろしくお願いします。

福岡市早良区歯科衛生士求人、歯科助手求人




by urakawasika | 2018-01-10 12:40 | 社会 | Comments(0)

中年太りに酵素   

   最近、中年太り、というのが、けっこうやっかいなことがわかりました。若い頃から、だいたい、ある一定の範囲の体重をキープしていた私ですが、最近体重がどんどん右肩上がりなのです。食生活が変わったか、というと、むしろ、昔よりあまり食べていないような気がするし、少なくとも、食事が増えていないことは確かです。

 もともと、甘い物をしょっちゅう食べることもなく、せいぜい、一日に一度、多少取るくらいの私です。なのに、1ヶ月でいっきに3キロ近く増えました。これは、いけない、と思って、食事を気をつけ、甘い物も、極力とらないようにしたのですが、ぜんぜん減りません。減るどころか、あれだけ、節制したのだから、ちょっとおまんじゅうを1つ、なんてやると、翌日は、またどっと体重が増えてたりするのです。

 ウエスト周りは、すっかりくびれが消失してしまい、ズボンがぴちぴちです。これはあせって、ウエストエクスサイズに励みました。(知りたい方は、今度聞いて下さい!)おかげで、体重は変わりませんが、少ししまったような感じ。


「ねえねえ、中年になると、どんどん太ってくるとは言うけれど、こんなもの?」
と、年上スタッフに聞くと、
「そうですよ~・・・」
とこともなげに答えました。
プチ断食も(お昼を抜く、とか、)やってみたけれど、夜に、しっかり食べてしまうと、体重はかわらず・・・やれやれ。これは、食べるとか、食べないとかの問題じゃないんだ、と納得します。筋肉が落ちるからこうなるんだ、とも聞いて、せっせと、プチジョギングもしてみたけれど、なんか、ぱっとしません。(プチすぎたか・・・汗)
う~ん。このまま右肩上がりを続けていくのか・・・いやだな~・・・となすすべもなく暮らしておりました。

ところが、ある方から、酵素のサプリをいただきました。サプリおたくのさち先生、過去、酵素というものもトライしたことがあります。いいんだか、悪いんだか、よくわからないまま、手応えないので、やめてしまった経験があります。

「人間の体では、たくさんの酵素が働いています。でも、年を取ると、酵素は少なくなります。その少ない酵素を食事の時に使ってしまうと、大事なときに働かないのです。」
その方は、さもわかったように解説してくださいました。せっかくもらったので、食事に合わせて、その酵素のカプセルを飲んでみました。1週間くらいたって、
「あれ、体重があんまり増えなくなった・・・!」

へ~・・・たまたまかしら・・・と思って、節制していたお菓子を、ちょっと口寂しさに食べてみました。おや、前であれば、ぜったい翌日増えるはず・・・そうです。体重はなんとか、維持されてました。

へ~・・・人間の体って、おもしろいな・・・・もしかしたら、脂肪を分解する酵素も、どかんと減っていたのかもしれません。

酵素のおかげで、急成長の体重は、まあまあ抑えられましたが、やっぱり、たくさん食べると、太る人にはなってしまったようです。年取るとほんとやっかいな体になっちゃうのですね~。
(酵素には、酵素そのもののサプリと、酵素を使って分解した栄養を取るものがあるそうです。酵素そのものがいいんだとか・・・)知らなかったです~。

by urakawasika | 2017-11-10 19:36 | Comments(0)

低分子フコイダンがガンをやっつける! LMF研究会に参加しました。   

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 先日、LMF研究会というのに参加してきました。LMFというのは、低分子フコダインの略称で、九大を中心に研究されている ガンに効くという健康食品の名前です。

 この低分子のフコイダンというのは、あの納豆やねばねば食品に入っているというフコイダンを、膨大な研究のすえ、低分子化したもので、これを飲んでいる人のガンがどんどん小さくなるということで、研究会が立ち上がりました。
 縁あって、私は、歯科医でありながら、患者さんの癌が、サプリで治るのなら、こんないいことはない、と、参加することにしました。
 数人の歯科医をのぞいて、参加者はドクターばかり。

 ちょっとびっくりしたのは、そこに集まっている先生方は、従来の苦しい癌治療に固執することなく、患者さんに良い方法ならなんでも試す価値あり、と考える、頭の柔らかい先生方ばかり。そして、自院で、低分子フコイダンを患者さんに処方して、余命宣告を受けている癌患者さんが、どんどん改善していく症例をばんばん発表なさいました。

 そして、あるお話は、とても興味深かったです。ある女性の患者さんが、某先生のオフィスに来て、2ミリの胃ガンを見つけてもらったそうです。2ミリで見つかるなんて学会発表ものだそうです。
「これは、小さい! あなたは、絶対完治しますよ。よかったですね~。」
てなことを、患者さんに説明したそうです。しかし、彼女は、暗い顔をして、
「医者って、患者さんにほんとのことを言わないですよね。私って、ほんとは、余命わずかのガンなんじゃないんですか?」
としつこく食い下がったそうです。違う違う! と先生は否定するのですが、彼女の顔は暗いまま。
さて、その後、どうなったかと言うと、彼女は、1ヶ月後に全身転移してしまい、3ヶ月後には亡くなってしまったそうです。

 次に、片肺に大きなガンができてしまった男性の話をしました。彼は、幸い転移もないので、先生は、彼を説得して、肺を摘出しました。しかし、退院する頃になって、残った肺に転移していることがわかりました。男性は、おこって、もう病院に来なくなりました。
 それから、10年、彼は元気に生活していました。

 そうです、ガンとは、心の病気のような側面があるそうです。ここに集まる先生方は、誰も、余命宣告なんてしないんだそうですよ。
これは、最先端の医療だな~と、感心しました。

 この低分子フコイダンは、クリームにもなっていて、たとえば、舌ガンのように、表層に出ているガンには、直接塗ると、小さくなるのだそうです。抗ガン剤のようなメカニズムで細胞を破壊するのではなく、正常な細胞の力をどんどんアップして、自分の力で、ガン細胞を消滅させるのだとか。そのため、クリームは、口内炎や、傷のような、普通の皮膚の病気にも使えて、それを応用して、アトピー性皮膚炎なども、ステロイドなしに改善させている皮膚科の先生の発表もありました。

 なんだか、人を幸せな気分にする研究会でした。もちろん、うらかわ歯科で提供できるように、フコイダンクリームを取り寄せることにしました。

追伸
クリームは、手頃な価格なのですが、サプリは、5万円近くもするので、健康維持には使えないな~・・・と思いますが、ガンと宣告された方、是非試してほしいです。まがい物もあるので、注意してください。念のため、リンクしてみました。
ちなみに、高いな~と、あるドクターにもらしたら、今はやりのオプジーボなんかに比べたら、安いよ! と言われてしまいました。なるほど。
 普通のフコイダインではだめで、低分子にしたことで効果があるそうなので、ご注意



by urakawasika | 2017-09-16 16:44 | 健康,体、病気 | Comments(0)

個人情報、守秘義務・・・って、なんかな~・・・   

  ちょっと前から、義母の近所の、高齢のご婦人が施設に入居されました。90才を超えて、一人暮らしを続けていて、ご家族は遠方にいらっしゃいました。元気で、週に一度はプールに行ったり、カラオケの仲間と歌ったり、前向きな方でした。それが、少し認知症の症状を呈してきたことで、ご家族が、施設に手続きをしたようです。

 義母が時々施設を訪問していました。彼女は、家に帰りたい、と言いながら、正月さえ施設から出ることなく、毎週行っていたカラオケも何もかも、そこからは出れない様子だと、義母は、気の毒そうに、私に報告しました。彼女の家は、住人を失い、ひっそりとして、植木だけが伸び放題になっています。

 ある時、義母のところに彼女のカラオケ仲間の一人から電話がかかってきました。
「○○さん、どうしたんですか? 家の電話もなくなってるし、連絡がまったくとれないので、前通っていたデイケア施設に電話して問い合わせたんです。そしたら、守秘義務があるから、教えられない、って言われて・・・・」

義母はやれやれという顔をして、そのエピソードを話しました。
「守秘義務ね~・・・確かに、おれおれ詐欺とか、色んな人いるから、わかるけど、寂しい話ね。」

 なんせ私は、守秘義務だの、個人情報だの、そういうのを声高に言わない時代の人間なので、時代の必要にせまられて登場した最近の風潮に、ちょっとうんざりします。
もし、軽々しく、”個人情報”を電話口で教えて、誰かに訴えられたら、好意で教えた方が負けちゃうでしょうから、職員だって軽々しく教えられないのもよくわかりますが。

 でも、私なら、寂しく施設で暮らしているご婦人のために、電話口の相手をメモし、本人や、ご家族、同意を必要とする方に報告して、希望とあれば、またおりかえし、その方にお電話差し上げる、とかなんとか、エネルギーを人絞り、してあげたいな、と思います。

うちのスタッフだったら、絶対対応を注意するな、と思いました。

 個人情報、守秘義務。こういう言葉って、悪意の人たちがいなければ、そこまで、ぎすぎす舞台上に上がってくるような名詞ではないと思います。時代だから、しかたありませんが、本来、人間の交流って、もっとルーズでファジーなもの、遊びと余裕がたくさんある上着みたいなものだと思うのに、まるで、きちきち、一分のスキもない、かっちりしたスーツみたいに、最近は、ほんと生きにくい。そう感じるおばちゃまです。

ふと、その老齢のご婦人の家の、伸び放題の植木がカットされていました。聞くと、昔の友人が、何も言わずに、してくれていたそうです。そのことを遠方にいる若いご子息も知らぬまま、・・・・色んな思いがよぎります。


by urakawasika | 2017-08-18 12:42 | 社会 | Comments(0)

「ありがとう」「すみません」言おう、キャンペーン希望   

昔より、ありがとうとか、すみませんとか、言ってもらえる回数が減った気がします。
立て続けにこんなことを体験します。

ある日、前を歩く高校生が落とし物をしたので、すかさず拾ってさしあげたら、
「あ」
と、言って行ってしまいました。

ある人に、たのまれていたある物を送って差し上げたら、やっぱり、うんともすんともない。

自転車が後ろから来て、もう少しでぶつかりそうになって、思わずよけました。自転車の彼は、私をじろっと見て通り過ぎていきました。

我が家の前で、接触事故があって、警察がやってきて、我が家の駐車場に何も言わずに車を停めて事故処理をしてました。私、そばにいますけど~・・・

自転車の親子連れのお子さんの自転車が、ころんでしまったので、駆け寄って、おこしてあげたけど、ママは、知らん顔で行ってしまいました。

やれやれ・・・・なんか疲れますね。「ありがとう」も、「すみません」も、言うだけは、ただ! だから、言えばいいのにな~。

前述の高校生の時は、振り向きざまに、きっと「ありがとう」と言うだろうと、疑いもしなかったので、こっちも、満面の笑顔で、
「落としましたよ。」

と声かけました。

私の笑顔だけが、宙を舞って、行き場をなくしていたっけね~。

こういう時って、こっちの気分も、とってもマイナスになって、その後の活動に影を落としたりします。そこで、ちょっと、ありがとう、とか、すみません、とか言って下されば、むしろ、良い気分が心をしめて、
「いやいや、こちらこそ。」
って感じになるんですけどね。

最近は、こういう気分の悪い対応は、もはやあたりまえ、と思うくらいにしてないと、こっちまで、気分的にまきこまれてしまいます。

昔も、こういうことはあったけど、確実に確率が上がってる。昔は、何も言わない、というのが、時々。今は、「ありがとう」、「すみません」、を言われるのが、時々。になってしまったようです。

 なんか、疲れますけど、自分は、ちゃんと言おう、子どもはちゃんと言える子にしつけよう。・・・スタッフも、言えない子が入ったら、ちゃんと言えるようにアドバイスしよう。
と思います。
ありがとう、すみません。心のこもった言葉は不思議です。それだけに終わりません。言葉は、花束のように、もらった人はとてもうきうき活力をもらいます。生きていく限り、言葉の花束をたくさんの人にさしあげたい、と思います。

交通安全キャンペーンみたいに、「ありがとう」「すみません」を言おうキャンペーン、国をあげてしたらどうなか~と思います。もはや、あたりまえとはいかなくなってる世の中です。



by urakawasika | 2017-06-17 15:54 | 社会 | Comments(2)