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飽き足りている者   

 
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 うらかわ歯科のスタッフトイレに、みことばカードをおいています。小さな箱に、聖書の有名な言葉を、カードに書いて立ててあるのです。
 トイレに入ると、たまに私は、くじのように、その中から一枚をひきます。
今日は
「飽き足りている者はハチの巣の蜜も踏みつける。しかし飢えている者には苦い物もみな甘い。」
 というメッセージでした。

 たしかにな~・・・・昔、うらかわ歯科では、子供の治療が終わると、値段にして、せいぜい100円にもならないような小さなおもちゃをあげていました。何年続けていたかな~・・・でも、なんだか、100均ショップなんかがどこかしこにもできて、そんなおもちゃなんて、ありがたくもないような社会になってきて、差し上げるのも、こっちが気が引ける感じがして、今ではすっかやめてしまいました。
 わが子を見ても、100均で水鉄砲を買ってきたかと思うと、ちょっと前に買った同じような水鉄砲は壊れてしまったのか、おしげもなく捨てています。

 家を見渡すと、ついつい買ってきてしまったどうでもいいようなものがあふれ、片付けの苦手な私なんて、どこからかたずけるべきか途方に暮れますよ。
 商売人は、どうやって買ってもらうか、知恵をしぼり、値段を安くしてけっこう良いものが、昔より、ずっと手軽に買えるようになったと感じます。それでこっちもついつい、欲望を掻き立てられていりもしないものを買ってしまって後悔したり。

 それで、本屋に行けば、断捨離とかいって、物を捨てて、シンプルな暮らしをしましょう、なんていう収納本がとっても売れてるという話です。

 でも、ささやかながらサポートさせていただく、ワールドビジョンジャパン(月々少しの金額で貧困地の子供たちをサポートする団体)で、私がサポートさせていただいている貧困地の子供さんの誕生日に、メッセージカードにそえて、封筒に入るだけの誕生プレゼントを贈るとき、こんなものもらっても、日本の子供はぜんぜん気にもとめないわな~と、思いながら、鉛筆やシール、消しゴム、ハンカチなんぞを、一生けんめい詰め込みます。そんなものが、貧困地のこの子たちには、とってもうれしいプレゼントになると知って、なんだか、送る私のほうがうれしくなってしまいます。

 まさに、聖書の言葉そのもの。”飽き足りている者はハチの巣の蜜も踏みつけ、飢えてるものは、苦い物も甘い。”

 せめて、今日の糧を与えられることを、感謝いたしましょう。

by urakawasika | 2016-06-11 18:06 | 聖書 | Comments(0)

クリスマス、1年間ありがとう   

 クリスマスシーズンになると、毎年のように、あまりに早く過ぎ去った1年を思います。
 ちまたでは、クリスマス商戦まっさかり。近くの大型スーパーは、日曜ともなると、人でごったがえしています。
 クリスマスはプレゼントがつきもの・・・なぜクリスマスにプレゼントを贈るのでしょう。これは聖書にもとづいています。聖書は、この世界を造られた神が、人類への最高のプレゼントとして、世に、キリストを誕生させたということを語っています。知ってると思いますが、クリスマスは、イエスキリストの誕生日です。聖書を信じる人たちは、この神の愛に感謝し、自らも、隣人に贈り物をしました。
 でも、もはや、ちまたのクリスマスは、オリジナルな出来事を知らずして、プレゼントだけ、サンタさんとともに定着してしまいましたね。

 さて、ちなみに、我が家は、昔から、サンタさんは来ません。ささやかにも、クリスチャンホームの我が家は、イエスキリストの生誕をお祝いしますが、サンタさん神話はなくて、ついでに言うと、プレゼントも、あったりなかったりです。
 なんたって、我が家の子に限らず、日本の子ども達は、普段から、色んなところで、物にあふれた生活をしてます。我が家の子ども達も、この恩恵のもと、文房具だって、必要を十分に満たすだけ持っているし、洋服だって、高級品はなくても、何枚も持ってます。何しろ、日本は、安くて良い品にあふれ、親切な友人達は、きれいなお下がりを惜しげもなく下さいます。子どもは、ほしい、と訴える前から、すでに与えられます。親が与えなくても、色んなところで与えていただける環境です。食べ物だって、あふれるほどあるのが当たり前。家になくたって、スーパーに行けば、何でも買えます。

 だから、その上、さらに、クリスマスに何がいるというの??
と、私は思ってしまうのです。我が家は、おもちゃをあまり買い与えないようにしてますが、たまたま、ずっとリクエストされているものが、とりあえず、クリスマスシーズンにかかっていれば、まあ、クリスマスプレゼントという名目がつきますが、そういうものが、この時期なければ、とくに、プレゼントはありません。

 この日は、世の中の、恵まれない大変なところにいる、どこかの隣人のために、何かをしてあげる日、となります。ちょっとした寄付をしたりすることもあるし、特に何かをしなくても日頃、無関心で過ごしてしまった虐げられた人たちに想いをはせて、祈りましょう。

 この時期になると、自分の過ごした一年が神に守られ、色んなことはあったけど、多くの人のおかげで、平安に過ごせたことを感謝します。
 一昔前の日本人は、戦争をしていた時代に生きていた人たちもいるし、食べるものがろくにない暮らしをしいられた先人達も普通にいます。とりあえず、食事が十分にあって、普通に夜が来て、また、朝になり、あたりまえの日常生活が安心して送れていることは、なんという恵みでしょう。

 年明けは、うらかわ歯科医院のレントゲンは、CTが撮れる最新のものにかわります。世界のCTのうち、半分以上が日本にあるのをご存じですか?当たり前と思っている、日本の環境は、世界の常識ではありません。
 我が身を振り返れば、あたりまえ・・・と思って、感謝を忘れていることは、なんと多くあるでしょうか。感謝を忘れると、人は、どんどん変な方向へ突っ走っていきます。クリスマスは、すべての恵みに感謝して、誰かに何かをする日にしたいです。とりあえずは、日頃感謝を伝えそびれている、もっとも身近な人に、「ありがとう」。


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by urakawasika | 2014-12-12 10:55 | 季節 | Comments(0)

花子とアン と 聖書   

   NHK朝の連続ドラマの「花子とアン」をずっと見てました。
 このドラマは、あの有名な小説 「赤毛のアン」を初めて、日本語に訳して、日本の少女達に紹介して、ブームの火付け役になった、翻訳者 村岡花子の伝記的ドラマです。

 先月で終わってしまいましたが、毎日せっせと見ておりました。

 当時の文学少女がそうであったように、さち先生も、小中学校時代「赤毛のアン」にはまっておりました。もちろん、村岡花子訳で読みました。あの頃は、村岡花子さん以外が訳した赤毛のアンは、存在しなかったのではなかろうか・・と思うほど、アンといえば、村岡花子でした。

 今回のドラマを見て、村岡花子が、貧家の娘として生まれ、父親の、新しい感覚にしたがい、東京の女学校に、学費免除学生として入り、苦労して、赤毛のアンを訳すにいたった。ということを、初めて知りました。

 さち先生は、何しろ、中学の頃、
「親愛なるギルバート様」
という、ぶっとんでしまうような書き出しではじまる日記を、中学時代に、1年間くらい書いておりました。(汗)

ギルバートと言えば、アンの幼なじみで、後の旦那さんになる青年です。

 自分がアンになった気分で、そういうことをしていたなんて、私にも、かわいい、少女時代があったのですよね~。ははは・・・信じられんけど。
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 それはさておき、村岡花子の生涯をドラマで見ていて、とても感心したことがありました。

 それは、この村岡花子とモンゴメリーには大きな共通点があったということです。それは聖書です。

 花子の生涯に大きな影響を及ぼした父親は、実は、その頃まだ少なかったキリスト教の教えを信じていました。その頃、日本に来ていた、宣教師のもと、聖書にふれ、クリスチャンとなったようです。
 彼は、今までの日本の教育とは異なった、聖書の教えを信じ、人間にとって、男も女もない・・・女性だって、教育が必要だと思ったのかもしれません。それで、花子を苦労して東京の女学校にやったのかもしれません。

 貧家の父親というには、あまりにも、新しい感覚です。

 また、村岡花子自身も、その影響を多く受けているに違いないと思われます。劇中に出てくる、彼女の結婚式では、その当時であれば、きわめてレアな、牧師の前で行う、キリスト教式でした。後に、調べてみたら、村岡花子自身も、洗礼を受け、父親と同じクリスチャンとなっていたようです。

 実は、赤毛のアンの作者 モンゴメリーも、牧師婦人です。その影響は、赤毛のアンのいたるところに見られます。

 それが、アンの物語の縦糸となって、人の心に届きます。

 村岡花子訳の日本語のアンは、聖書を知るモンゴメリーと、日本ではまだまだレアな、クリスチャンの村岡花子の素晴らしい共同作業で、世に出されたと言ってもいいのではないでしょうか。

きっと、互いのベースに同じ聖書を理解するものということがあって、村岡花子訳のアンは、誰が訳するよりも、深く耕され、日本の少女達に届けられたのではないでしょうか。

聖書を愛読書とするさち先生は、そういう視点から「花子をアン」を楽しんで見させていただきました。また、時間があったら、村岡花子訳の「赤毛のアン」を何十年ぶりかに、読み返してみたいものです。


そういえば、今年のNHKは、日曜の大河ドラマも、クリスチャン大名の黑田官兵衛を描いた、「軍士官兵衛」だし、なんか、聖書づいてますね。聖書は、世界の永遠のベストセラー、読んでみるとおもしろいですよ。 

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by urakawasika | 2014-10-04 17:02 | この映画見てみて! | Comments(0)

メリークリスマス。12月ですね~   

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 今年も、はたと気づいたら、12月も後半になっていました。うらかわ歯科医院を開設してから、早20年が経つので、20回、12月がやってきてることになります。毎年、ばたばた、雑用に追われている12月ですが、考えてみれば、毎年毎年、神様はその年の課題を私に与えていたようです。
 開業そのものが、大きなテーマだった最初の頃。病気で入院した年もあったので、それが一番の大きな課題だった年もあります。今年は何だったでしょうか。と考えます。ちょっとプライベートなことになるので書きませんが、やっぱり、大きなテーマがありました。

 ひとつひとつ毎年のテーマに全力でぶつかっていくと、一つ一つの年とともに、自分の中に年輪が生まれるように、若い時にはなかった気づきや、人生の醍醐味みたいな深みができていることに気づきます。まあ、そうやって、人は年をとっていくわけですが、それとは反対に、いっこうに、練られていない自分のだめな性質というのにも気づかされます。

 あの世界のベストセラーと言われる聖書によると、それを、「原罪」と言っているようです。

 人間の最初の人、アダムとイブが、サタンにそそのかされて罪を犯してから、人は創造主から断絶されたと聖書は言っています。人は、自分を創造された創造主から遠く離れっぱなしになって、罪のとりこになっていると、聖書は指摘します。


 しかし、作り主である神は、その人間をあわれんで、救い主をこの世に送る。と旧約聖書で約束しました。その予言の箇所は700カ所とも言われます。ように、その方はこの世に来られて、どのような生涯を送られるかと書かれているその通りに、ローマ時代、イエスキリストが誕生しました。

 創造主自身が人間の過去の歴史上、ただ1度だけこの地上に来られ、私たちの罪を背負って、十字架上に死に、3日目によみがえり、天にのぼっていった。人間はそれを信じることによって、神との断絶をとりのぞくことができる。

 そのため、世の罪を取りのぞく子羊、とイエスキリストは、聖書では、語られています。クリスマスは、イエスキリストの誕生日で、創造主から私たちへの最も大きなプレゼントを与えて下さった日、とされているのです。

 1年を振り返り、深みが出てきた自分と、まったくだめな自分を思い、愛読書である聖書の言葉を読みながら、今年のクリスマスを迎えましょうか・・・

 まあ、世の中では、イエスキリストの誕生日であるクリスマスも、すっかりサンタさんの日にすり替えられてしまいましたが、神が人類にキリストにそえて、愛というプレゼントを下さったように、まわりの人たちに、乏しくても、ささやかな愛を示して過ごしていきたいものです。

 イブの夜には、だいたい、どこのキリスト教会でも、礼拝やミサをやってます。にぎやかなクリスマスに、逆に寂しさを覚える人がいたら、行ってみるといいですよ。


うらかわ歯科 小児歯科 矯正歯科

by urakawasika | 2013-12-21 12:42 | さち先生ブログ | Comments(0)

さやかに星はきらめき   

最近歳のせいだと思うけど、寝不足がこたえるようになってしまいました。
ちょっと前までは、けっこう、夜更かしをして、色んなことをやっていました。ブログを書くのも夜中だったりするし、家族が寝静まって、やっと自分の時間がもてて、興味のあることに時間をつぶしたりしてました。

 でも、12時過ぎて寝たりすると、ちょっとつらくなってきたこの頃、なんだか一日がめっぽう短くなってしまいました。10時すぎるとちょっと眠くてしかたない・・・

 そりゃあ、睡眠時間が2時間増えたら、活動時間が2時間減るんだから、一日にできることが少なくなってしまうのは、物理的に当然なのです。

 体力も、なんだか衰えを感じます。

 私の母が、さかんに、歳をとってくると、一日が短いと連呼してましたが、なるほど、睡眠時間が単純に増えちゃうのかもしれませんね。

  そろそろ五十路が近づいてきました。12月に思うこともだんだんかわってきました。
人生は、終演が必ずある、ということを実感できるようになりますね。

 私の愛読書は、あの、永遠のベストセラー「聖書」 です。仕事を始める前には、毎日少しずつ読むのが習慣になっています。

 お~、そうだ、今週末は、クリスマスです。もはや、クリスマスは、にぎやかなイルミネーションとともに、年末を祝う行事になってしまって、サンタさんの到来を待つだけのものとなってしまいました。でも、ほんとは、聖書が語るところによると、創造主ご自身が、人となり、この世にお生まれになった日、と書いてあります。新約聖書のルカの福音書の1章2章、というところが有名で、クリスマスには、どこのキリスト教会でも、ここのところが朗読されます。

聖書が書かれたのは、今から約3500年前から2000年ほど前にかけてです。今なお、世界でもっとも読まれている書物だというのは、なんと不思議なことでしょう。でも、何度読んでも、奥深く、人生のともしびになる言葉に満ちています。

 クリスマスイブ、クリスマス。この日は、どこの教会でも、多くの人たちの到来を、いつにも増して歓迎します。

 人生の終焉の存在を少し感じる皆様、また、今年1年のわずかな幸福と不幸をしんみりかみしめている皆様、今年のクリスマスは、静かに、教会で行われるクリスの礼拝に参加してみるといいですよ。

 メリークリスマス。神様の祝福がありますように!
クリスマスの賛美歌をどうぞ、「さやかに、星はきらめき・・・御子イエス生まれたもう・・・♪」
 


by urakawasika | 2012-12-21 19:02 | 音楽 | Comments(0)

タイの企業戦士たち   

 少しずつ、でも確実に、私の認識していた日本の国はまったく別の国になっていた。
 何かにつけて最近私はそう思う。
 もしかしたら、私が50年近くも生きてきたからかもしれない。

 さっきテレビを見ていて、タイが日本に変わって、ものづくりの拠点になっている、ということを知った。太田区のイメージで誇っていたものづくりは、そのまま、アジアにシフトした。安い人件費を狙って、末端の仕事だけをさせているのか、と思いきや、タイには、すでに日本をこえた職人がいるという。

 タイで日本から技術を学んだ職人が会社を立ち上げ、その会社は日本企業を買収したと言っていた。タイ人の社長が、買収した日本の会社に来て、日本人をリストラしていた。

 なんだか背筋がぞっとした。

背筋がぞっとするのは、きっと私が昔と比較するからだけであって、たぶん、若者はすんなり受け入れるのかもしれないけれど。

 私の10代は、漠然と、親より幸せになれる、と誰もが思っていたような気がする。敗戦国の何もない時代を、一生懸命生きてきた親世代より、何もかもが恵まれていたと思っていたし、社会はすべて右肩上がりで
、将来に、誰もが希望をもっていた。一生懸命がんばったら、とりあえず、道も開け、どこかに着地することくらいは、たやすいことだろうと思っていた。(たぶん)

 でも、タイで苦労している日本人は、どこへ着地するんだろう・・・と思った。愛する祖国で、今までのように、終の棲家(ついのすみか)は得られないのだろうか? タイで成功しても、家族を残して暮らしているとしたら、それは何のための苦労なのだろうか? 過剰な競争にさらされて、出稼ぎを余儀なくされる企業戦士たちは、どんな幸せのイメージをもっているのだろう?

 常識は、まったく変わり、変化のスピードもさらに加速し、何を信じて進めばいいのだろう?

 変わらない真理を手にしたものが、きっと幸福になれるのかもしれない。真理とは何であろうか?

 それは、神であり愛である・・・・聖書にはそう書いてある。なんたって、数千年の昔からの真理というのだから、かなり深い。

久々に牧師さんの話を聞いた日曜日でした。(おちこぼれクリスチャンの私です。)

”相対的なものだけを見て、立ち位置を見失うことがないようにしなくては”。と感じたオフでした。 


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by urakawasika | 2010-08-23 00:27 | 社会 | Comments(0)